第14話 群青の君へ

かつて、陽輝や彩音から聞いたことがある。

身を焦がすほどの愛を抱き、死の果てまで意中の相手を追い求めるもの。

その為ならば、露払いに手段を選ばず、目的が果たせないなら相手と心中することさえ厭わない乙女。

『ヤンデレ』と。

今、まさに俺が目にしているのはそのヤンデレではないか。


「あれはつい先日のことでござった。御主をこの瞳に映したその時、心の中の何かが、何処かへ落ちていたのでござる。拙者は思ったのでござる、二次元の向こうに彼氏さえ居てくれればそれで良いと。しかし、御主への好奇心は止めどなく拙者の心を満たしていく、ふらふらと御主に付いていった、ぼうっとしていた、そしたら電車に轢かれてしまったのでござるよ。下半身は吹っ飛び、一瞬で拙者は絶命したのでござる。死の淵で、御主への愛を認めねば、きっとこのような醜い妖に成れずにすんだでござるにな・・・」

「・・・いや、好意を抱いてくれたのは嬉しいんだが・・・男の姿で言われてもな・・・」

「んな!?せ、拙者の愛を愚弄するか?」

「いや、愚弄ってわけじゃ──」

「拙者の恋路を愚弄するものは、たとえ御主とて容赦はせん!覚悟ォ!!」


てけてけは二本の腕で、上半身を影灯目掛けて、飛ばした。

その右腕には群青丸ぐんじょうまるが握られており、空中で影灯に斬りかかる。


「だから、男の声で言われてもなぁ・・・しょうがねぇ、あれを試すか、──来い!ナラクッ!」


影灯の呼び掛けに応じ、影が実体化する。

黒い鬼、その腕は鍵爪となり、青い妖刀とぶつかる。

その瞬間、青い妖刀はもう一本に分裂し、てけてけはすぐさまそれを掴んで、再びナラクに斬りつけた。

ナラクも、もう一本の腕を盾に変形させ、これを凌ぐ。

が、再び群青丸は分裂した。今度はてけてけが手に持った群青丸を手放し、それを掴んで、ナラクに突き刺そうとする。


「戻れ!!」


突如、ナラクは霧散し、てけてけの一撃は空を切った。

いつの間にか後方に下がっていた影灯の元に、ナラクが戻る。


「そうだな、ここは一つ楓さんを見倣って、日本刀でいくか。武装化!ナラク!!」

「っ!?」


影灯の目の前でナラクの身体は細くなっていき、やがて一本の日本刀が姿を現した。

影灯はそれを掴み、抜刀術の構えをとる。


「そうだな、楓さんの『風刃』みたいに銘をつけるなら『影写かげうつし』と言ったところかな。行くぜ、──抜刀術、えーと・・・一陣の影ッ!!」


影写しの間合いの外にてけてけはいた。

その為、てけてけはその刃が届か無いことを知っていた。

しかし、本来楓の抜刀術、一陣の風のかまいたちを利用した斬撃を、影灯はナラクの影で代用し、それを飛ばして攻撃した。

それにより、空振りと思われた、影写しの抜刀術は、てけてけを遥か後方へと吹き飛ばした。


「かはっ!!」

「すまないが、俺はお前を好きになれそうにない。それより、先輩を返して貰おうか。罪を認めて懺悔するなら聞いてやるけどな」


*****


諦められない。

乙女に生まれ、愛を知らずに過ごして来た。

愛することは出来ても、愛されるのは至難の業だ。

容姿が良くなくてはいけない、心が綺麗でなければいけない、優しく無くてはいけない、欠点が無くてはいけない、欠点があってはいけない、可愛くなければいけない、可愛すぎてもいけない、そして何より、愛されなくてはいけない。

愛される為には愛されなくてはいけない。

当たり前だけど、これは一番の難題なんだ。

そして心は荒んだ。

まずは閉ざした。

心を閉ざして、部屋に閉じ籠り、二次元に没頭した。

痛い子にもなってみた。

自分のことを拙者と呼んだ。

眼帯もつけた。

そして外に出た。

周りの人の視線が痛い。

でも、それが今は快感になった。

好奇心を向けられていることを愛されていると認識した。

気持ちよかった。

また愛されたかった、もっと愛されたかった。

メイクをした、コスプレをした。

そしたら愛された。

路地裏に連れ込まれた。

そんなことは初めてだった。

可愛いねと言って貰えたのが嬉しかった。

けれど、気付いた、こんなの自分じゃない。

外側を武装して、可愛くなった自分を見せて、愛されて、嬉しい。

それは嬉しい。

けど、本当に愛されたかったのは、本当の自分なんだ。

だから、愛される前に愛を拒絶した。

襲われて抵抗した、もう駄目だと思った。


そんな時だったんだよ、君が来てくれたのは。


「風紀委員だ。『正義』を執行する。罪を数えて懺悔しろ!!」


だから、拙者は恋をしたんだ。

でも、君に拙者を見せようと思って声を掛けたら、電車に轢かれてしまった。

なんて間抜け。


でも、だからこそ、諦められない恋がしたいのでござるよ。


******


「・・・もし、拙者に罪がないと言えば信じてくれるでござるか?」


絞り出すようにてけてけは呟いた。


「信じるか信じないかより、先輩を返してくれ。話はそれからだ」

「分かったでござる」


すると、先輩の下半身が徐々に戻っていき、やがて、全身、戻った時に一人の少女が現れた。

侍のような容姿と眼帯をした少女が。

下半身はなかった。

しかし半身が浮いている。


「影灯殿、これが今の拙者でござる。愛される為に作った借り物の自分。御主に助けて頂いた拙者」

「・・・見覚えはある。けど、何故?」

「それは、先輩を返したことにでござるか?それとも拙者が姿を現したことにでござるか?」

「どっちも違う。けど、最初からその姿で出てくれば、俺は恋に落ちてたかもしれないぜ?」

「嘘でござるな。まぁ、拙者はこんな娘じゃないのでござるよ。髪はぼさぼさで、目は小さくて、不細工でおまけに眼鏡。そんな拙者が愛されたいなどと口が裂けても言えないでござる」

「・・・てけてけ」

「元より、拙者ごときが愛されることは運命からもな──」

「知るか!!」

「っ!?」

「決めつけんな!!お前に俺の何が分かる?髪はぼさぼさ?ブラッシングのしがいがある。目が小さい?知るか、目が大きくても不気味だよ!!第一、俺は眼鏡っ娘も好きだし、何より、見せて無いのに分かるわけ無いだろ?見せて見ろ、内面のさらに内面で飾り気のない本当の自分を!容赦はしない。遠慮なく振らせてもらうかもしれない。けど、お前は愛されたいんだろ?だったら、告白してみろ。全部受け止めてやる」

「・・・拙者は──」


眼帯が外れる、メイクが落ちる。

和服が剥がれる、洋服が覗く。

眼鏡が掛かる、髪が解ける。


「私は、あなたが好きだ・・・」

「俺は、お前を好きにはなれない。だけど、本心だ。お前に嘘はつきたくない」


ああ、終わった。

私の恋が終わった。

終わったと思ったら憎たらしくなってきた。

ムカついてきた。


「私は、拙者は御主を倒す。降られた腹いせでござる」

「笑った顔、俺は好きだけどな」

「っ!?ずるいでござるよ、さっき拙者を好きになれないと言ったのに」


ああ、でも──


「笑顔は可愛いって言ったんだよ」

「今さらでござる。それより、構えよ。腹いせとはいえ本気でござる。道連れ狙いでござるからな」


今さらながら──


「いざ」

「尋常に」

「「勝負!!」」


愛されるとは何か、分かった気がするでござるよ。


******


おびただしい刀の群れがてけてけの腕から水平に影灯の脚目掛けて駆けていく。

しかし、影の刃に次々に撃ち落とされ、影灯は間合いを詰める。

ここで、間合いが詰まる度に本来であれば、群青丸の投擲から着弾までの時間は短くなる為、撃ち落とす為の影灯の手数は速さを要求されていた。

それに加え、下半身の無いてけてけは必然的に影灯の脚を狙う為、それを防ぐには普段とは違う防御姿勢をとらざるを得ない。

故に、この勝負は本来であれば、てけてけの圧倒的有利。

拮抗勝負や互角、まして間合いが詰められる等といった状況は成立しない筈だった。

しかし、影灯の想定外の利点、ナラク武装化:影写しが模倣コピーした風刃の力により、本来風を利用した間合いの次元を越えた射程が影によって代用され、原典オリジナルには及ばないまでも、脚をガードしながら間合いを詰めるには十分な応用力を発揮していた。

当然ながら、てけてけもそうと分かると対応する。

下半身を狙った投擲から上半身、影写しを握る左手を狙った攻撃へシフト。

同時に、剣を地面に突き刺し、体幹を利用して後方へ逃げる。

すぐさま剣を振りかぶり、投擲、投擲、投擲──

これをまた影灯はことごとくを撃墜していく。

しかし、投擲の隙にてけてけ自身も影灯に斬りかかった。

切り結んだ双方の間合いは0。

互いの鍔が競り合い、力と力が刃を押し合う。


「ねぇ、お主は何の為に戦うのでござるか?」


てけてけは問う、その正義の在処を。


「明日の為に」

「なにゆえ?」

「俺は皆が好きだけど、皆の笑顔が好きなんだ。笑い合う関係が、その光景が。だから戦う」

「自分の為じゃないのでござるね」

「自分の為だよ。これは俺のエゴだから。悲しい時に悲しむことさえ時に否定してしまう。失敗や挫折を否定する。それでも俺はそれが嫌いだ。綺麗事を言っている、でも自分の心にだけは嘘をつきたくないし、つけねぇじゃねぇか!!自分に見透かされるぐらいだったらエゴを張り続けるまでだ!綺麗事を守る為に、俺は戦う!!」

「そうでござるか・・・でも、」


でも、そこに拙者は含まれていないのでござるね。

それもそうか、拙者はこうしてお主の明日を壊すことに加担してしまった。

貴方と共に居たくて、お主の下半身を奪う為に力を求めた。

でも、許されるなら──


「許されるなら、お主の明日を一緒に作りたかったでござるよ」

「・・・」

「大丈夫、拙者は幽霊。妖の紛い物。そろそろ成仏するでござるよ。しかし最後の最期。拙者の奥義を受けて欲しいでござる」


切り結んだつばが離れる。

一触即発の間合い。

てけてけが構える。

二刀の群青丸の片方を地面に突き刺し、体制を保つ。

もう片方の群青丸を影灯に向かって突き付けた。

すると、群青丸が蒼く光を灯す。


「お主も構えるでござるよ、影灯殿。なにせこちらはお主を死後の伴侶として地獄まで道連れにする腹積もりでござる」

「そうか、なら俺も」

「!?」


影灯がとった構えはてけてけと同じ構えだった。

地面に突き刺す方は無いものの、影写しをてけてけに突きだしている。


「ふざけているわけでもないでござるな。では行くでござる。『群蒼剣舞ぐんじょうけんぶ』ッ!!!」


突き。

突き刺した群青丸を利用し、バネのように繰り出した上半身で渾身の突きを繰り出した。

蒼く煌めく刀身が描く剣閃は7つに分裂し、人体の重要な各関節を目掛けて突き出されていく。

そしててけてけに握られた最後の一本は影灯の心臓を狙っていた。

しかし、


「ハァッ!!!」


同じく影灯も突きを繰り出し、影写しを7つに分裂させた。

両者の刃は拮抗し、実体を持った群青丸は砕け散り、影写しは霧散した。


「お主の幻従は珍妙でござるな・・・見た瞬間に見よう見まねで同じ技を繰り出す等と」


最後の一本まで全ての群青丸が破壊された。

これで増殖することはない。


「見せたかったんだよ、お前の想いは俺が持って行くって」


てけてけの身体が徐々に光の粒となっていく。


「力尽きたでござるな。元々拙者は急造品。てけてけという都市伝説と妖刀にしがみついたただの女子高生。群青丸が崩れ去った拙者はただ消え去るのみ・・・でござる」

「・・・」

「そんな顔をしないで欲しい・・・片想いは慣れっこでござる。そうだ、柱である妖刀は全部で群青丸含め7本でござる。今や拙者は中立ゆえに詳しくは話せないでござるが」


「武運を祈る。拙者の想い、必ずやお主の未来へ持って行って──」


そして、てけてけは泡沫の夢のように消えていった。

しかし、想いは消えず、今もこの世に残響する。




******


『こちら光河影灯、主だった妖刀は7本あると分かりました。内、群青丸と呼ばれるモノを破壊に成功。次の現場へ向かいます」

「了解、あたしも学校にそろそろ到着するよ☆」


土御門蕾楽つちみかどらいらは駆けた。

一般生徒と不審人物との戦闘が発生したとの報告を受け、学校へと急行していた。


「まったく、休日だってのに楓のヤツ、人使いが荒いんだから。これって特別手当てでるもかしらん?」


その足跡には稲妻。

迅雷の如く駆ける少女の姿は虎に見えた。


「とぉおおおおおおおおおおおちゃぁああああああああああああっく!!!!!」


葉桜の並木をすり抜け、校門を潜り抜け、ロータリーで戦闘を繰り広げている両者に飛来する。

がしゃどくろが繰り出す骨のような刀に対して、横からの拳打でいなしていく彩音。

一歩間違えれば、斬られる激しい攻防が繰り広げられていた。

そして──


「ライダァアアアアアアアアアアキィイイイイイイイイイイイック!!!!」

「何ッ!?ぐはっ!?」


勢いそのまま、稲妻がしゃどくろを突き飛ばした。


「お待たせん☆風紀委員会副委員長、土御門蕾楽。現場に見参っ・・・と。お嬢ちゃん無事ぃ?」

蕾楽は、衝撃でぺたりと座り込んでしまった彩音に手を差し伸べる。


「はい・・・なんとか」

「そっか、じゃあ二人で片付けちゃおーぜ☆」


仁王立ちは威風堂々。

拳を合わせて、指を鳴らすと、雷が蕾楽の手に落ちた。

その手に握られたのは巨大な黄金の鎚。

全てを打ち倒す雷迅である。


「は、はぁ・・・」


困惑する彩音とがしゃどくろを他所に、まさに電光石火のように登場した蕾楽によって学校での戦いは激化するのだった・・・



*******


「いやはや父上も派手にやる・・・。陽動とは言え、些かやりすぎではなかろうか?」


第二学区、その検問に一人の男が立っていた。

編笠山から覗く薄目と無精髭。

まさに飄々とした男であった。

そこに一人の警官が駆け寄った。


「第三学区で事件がありまして、この先、入都規制中なんですよ」

「おやおやこれは失礼、我輩は旅の者でして、それじゃ失礼」

「ちょっと困ります!ただいま規制中でして──」

「おっと、そういえば歌舞伎町は何処かな?」

「ですから、規制中──」


するり


警官の身体を男が通過する。

残された身体は全て塵となって消えた。


「失敬、現代では町ではなく、えりあであったな。いやはや、父上もお人が悪い」


男は一度、手に握られた本を確認する。

水色の装丁が施された、を。


「数年前の惨劇がなければ、未だに町であったものを・・・そうは思わないか?まーきゅりー殿?」

「・・・やりすぎは、あなたの方。なにも、消すこと・・・無かった」


突如、本から、女が出てくる。

水のように可憐な乙女、湖のように透き通る白い肌。

願いより出でた少女のように、幻想をその眼に映す。

世界を見通し、心を見透すその力は、の如く。

男は編笠山を少し上げ、その飄々とした面で申し訳程度の謝罪をした。


「おっと失礼、隠密にと頼まれたのでな、でなければ若い者達の犠牲が浮かばれんよ」

「・・・あなたのそういうとこ嫌い。・・・何も感じないくせに」

「おやおや、失敬な、申し訳程度には申し訳ないと思っておるよ」

「・・・まぁいい、もう寝る」

「おや、まーきゅりー殿は眠り姫であるなぁ・・・」


世界を変える為に終結し始める魔女と契約者達。

聖戦の時は近い。


「さて、どうしたものか・・・」


運命の歯車がまた一人。

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