百夜物語の一夜

甘木 銭

第1話-影-

 飯山啓介の家に大学の友人三名が集まったのは、夜十時を過ぎた頃だった。

 啓介の家に、大学の友人達で泊まるのだ。


 それぞれに着替えなどを詰めたカバンを持った三人を、啓介が玄関で迎えた。


 今夜は家族が不在で家はシンと静まり返っていたが、三人が入ってきたことで一気に騒々しくなる。

 二階の啓介の部屋に集まった四人はそれぞれに荷物を下ろし、輪を描くように床に座る。

 しばらくは雑談をしていたが、啓介が一度リビングに菓子を取りに行き、戻ってきたところで


「んじゃ、そろそろ始めるか」

 と宣言した。


 言いながら啓介がスマホをいじりだすと、向かいに座っている村山涼が笑いだす。


「てか今どき百物語ってなあ」

「今時だからこそだろ?」

 にやりとそう返したのは涼の右側に座る井上修也だった。


「おお、ほんとに百物語アプリなんかあるんだね……」

 修也の向かいに座る大野樹が、啓介のスマホをのぞき込んで目を丸くする。


 画面上でゆらゆら揺れるロウソクの火。右上に表示された「百」の文字。

 画面に映されているロウソクは一本のように見えるが、よく見るとその奥に小さく何本もロウソクが立っている。

 画面を切り替えれば並んだロウソクを上から見ることもできるらしい。

 真ん中にロウソクを一本立て、その周りを何重にも輪を描くように並ぶロウソク。

 中々にシュールな光景だ。


「じゃあ、最初俺からな」

 スマホを前に置いた啓介が話し出す姿勢になると、他の三人はそれぞれに飲み物を取り出し、適当にくつろぐ姿勢になる。


「これはついさっきの話なんだけどな……」



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 まあ見ての通り今日この家には俺以外誰もいなかったんだけどさ。

 お前らが来るまでしばらく一人で、一階のリビングにいたんだよ。

 あそこには庭とつながる大きな窓があってな。

 そこから窓が見えるんだよ。


 暑くてカーテン閉めずに窓開けてたんだけど。

 ふと庭の方を見ると、人影がふっとよぎったんだよ。


 ほら、この家の庭ってさ、奥まったところにあるだろ?

 人が入ってくることなんてないはずなのに。

 まあ一瞬だったし、見間違いかなーぐらいに思ってそのままトイレに行ったんだよ。


 そしたら、トイレの窓の外を影がよぎった。

 トイレの窓は曇りガラスだから人かはわからなかったけどさ。

 でも猫が歩くような塀もないし、当然人が入ってくるような物じゃない。


 まあ、とはいえだ。

 ちょっと影が見えたくらいなもんだ。

 大体見間違いかもしれない。


 トイレを出て時計見たら十時ちょっと前でさ、そろそろお前らが来るかなーと思ったから軽く部屋かたそうと思ったんだよ。

 それでこの部屋に上がってきたんだけど。


 で、ドア開けたら。

 そこ、そこの窓だよ。

 そこの窓に人影が、結構ハッキリと映ってたんだよ。


 そこの窓道に面してるからさ。

 街灯の光が入って来るんだけど。

 その光の中に黒い塊があんの。

 信じられるか?ここ二階なのにさ。



 ちょっとびっくりしてしばらく動けなかったよ。

 まあでもたかが影だし、何をしてくるでもない。


 集まって百物語しようぜー、なんて言ってたとこで怪奇現象とかおもしれー、とか思ってさ。

 ちょっと近寄ろうとしてみたら、影がすっと窓から離れて消えてったんだ。

 下に落ちたのかもしれない。


 で、窓に近寄って下見てみたらさ、なにも無いんだよ。

 もしも泥棒だったとしても、足場もないし、あんなに早く逃げられるとも思えない。

 で、しばらく探してたらこっちに来てるお前らが見えたんだよ。



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「なんだよ、お前何も言わなかったじゃん!しかも何か微妙だし!」

「へへ、丁度いいから一話目にしてやろうと思ってな。まあ最初だし、ジャブってことで……」

 涼と話し終えた啓介が言い合っていると、話の途中から青い顔をしていた樹が、口を開いた。


「あの、さ。ちょっといいかな?」

「ん?なんだよ」

 三人が聞く姿勢を示すと、樹はぽつぽつと話し始めた。


「ここに来るまでに、コンビニ寄ったでしょ?そこ出たくらいからずっと誰かついてきてるみたいな気配がしてて……でも振り返っても誰もいないんだ。……気配だけで」

 涼と修也の二人は気が付いていなかったのか、怪訝そうな顔をする。


「でも、ここにつく、十分くらい前かな?急にその気配がしなくなって。ねえ、時間も合うし、その影ってもしかして……」


 しばらく、言葉を発するものはいなかった。

 画面の中に表示されていた「百」の文字が「九十九」に変わっていたことに、気が付く者はいなかった。

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