10.しげる、つよし、ゆかり(1)
地下鉄が駅に滑り込むように入ってきた。ホームは通勤を急ぐ人たちで一杯だ。静かにドアが開き、乗客が一斉に降りてきた。
紛れて逃げ切ろうと考えていたしげるは足早に乗客の間を縫うように歩いていく。
人の流れはしげるの思うように進まず、いつものようにスイスイと人混みを縫って進むことができないようだ。
前から来る人に引っかかってはよろけ、前を行く人を追い越そうとしてはふらつき、なかなか先へ進んでいない。
しげるを追いかけるつよしとゆかりは駅に到着した直後はしげるを見失って、追いかける時間をロスしていた。
よろよろと逃げていくしげるの姿が確認できたのは10メートルほど離れた階段への入り口付近だった。
幸いにして階段は人があふれ、すんなりとは上って行けそうにない。
「まだ、間に合う!」
そうゆかりに声をかけ、つよしは人混みを縫って走り出した。
階段にたどり着いた時、しげるは既に階段を上りきっていた。
階段の人混みが今度はつよしの邪魔をする。
焦ったつよしは周りの人を押しのけるようにして階段を上りはじめた。
階段を上がると改札はすぐそこだ。改札を抜けられてしまえば見失ってしまうかもしれない。
強引に人混みをかき分けていくつよしを少し離れたところからトラブルにでもなりはしないかと心配そうに眺めるゆかり。
ゆかりも急いではいるのだが、女性の身でこの人混みをかき分けて進むのは骨の折れる作業だ。
ゆかりは、つよしが階段を上がりきる頃には階段の下にたどり着いていた。
その頃しげるは改札の手前までたどり着き、
「改札を抜ければ逃げ切れるだろう。」
と少しばかり楽観的になっていた。
しげるが改札に定期券をかざそうとした瞬間、横から20前後の若者が割り込み、しかも改札にうまく通らず通せんぼされてしまった。
「あぁっ。こんな時に。」
あわてて隣の改札を抜けようとしたしげるが後ろを振り返ると、もう2メートルくらいのところにつよしが迫っている。
「まずい。急がなきゃ。」
改札の外は、走ることができそうなくらい人がまばらになっている。
抜けて一気に走れば逃げ切れるかもしれない。
しげるは走り出した。
だが、つよしもすぐ後ろに迫っていた。
しげるが改札を抜けた数秒後にはつよしも改札を抜け後を追い走り始めた。
「待ってくれ。そこのおじさん。ちょっと。」
声をかけながら走るつよしを周りの人は奇異なものを見るようなめで見ている。
つよしはかなり恥ずかしいと思ったが、一度声に出してしまえば後は一緒だ。
「待ってくれってば。聞きたいことがあるんだ。」
「冗談じゃない。なんで待たなきゃならないんだ。俺が何をした。」
しげるは必死に走った。しかし、走力では若いつよしにはかなわない。
駅の出口近くで前に回り込まれて通せんぼをされてしまった。
「はぁ はぁ はぁ 追いついた・・・。」
「はぁ はぁ な 何なんだ。君は・・・。」
ほどなく、ゆかりも追いついて三人は初めて正面から対峙することとなった。
「どうして、私を追いかけてきたんだ。」
「どうして、あんたを追いかけてるって分かったんだ?」
「そ それは君たちがまっすぐ私をめがけて走ってきたから・・・。」
思わぬ反撃を受け、しげるは思わず答えにつっかえてしまった。
これは・・・最後の手を使わなければならないかもしれない・・・。
しげるは覚悟を決めようとしていた。
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