023.休み明け、アクシデント

 翌日はやっぱり兄上にかいぐられたので、昼過ぎにはさっさと寮に戻った。いや、休日に実兄にぬいぐるみっぽい扱いされて疲れましたー、なんてやってらんねえし。

 ただ兄上、ひどく血行が良くなっていた気がする。具体的に言うとお肌ツヤツヤ。俺は兄上のスキンケアアイテムじゃねえからな、おのれもと妹めー。


「おはようございます、ランディア様」

「おはようございます、ナルハ様」


 まあシスコン兄上とのお付き合いはこれからも続くから、あんまり深く考えないことにする。それより今は、教室前で出会ったランディアの対処だ。俺の横でアリッサ、ランディアの後ろでポルカが呆れ顔、なのはきっとランディアは気にしていない。


「お久しぶりの別邸は、いかがでしたの?」

「ええ、楽しかったですよ。ダニエル様とお昼をご一緒いたしましたし、兄上とも話が弾みましたから」


 とりあえず事実を並べてみると、露骨にランディアがきー、悔しいって顔になった。おおい、そんな若いうちから眉間にシワ寄せまくったら、将来取れなくなるぞ。いや、口には出さないけど。


「一ヶ月ほど、外出禁止令が出ておられたのですってね」

「その間に、近衛隊の中ではわたしのことが噂になったようですけれどね」

「それもこれも、お二方がナルハ様を愛しく思うがゆえですね」


 兄上たちの外出禁止令は事実だけど、どこから漏れたのやら。なんて考えることもなく、近衛隊にいるシャナキュラス周辺の誰かさんからだろうとは想像がつく。隊の中で、そういうことは隠してないだろうしな。

 で、アリッサがしれっと言葉を付け足すと、またまたランディアの顔にシワが増える。まいどまいど火に油注いでどうすんだ、お前は。


「ランディア様も、ナルハ様みたいに可愛らしくしてくださればもっとモテるんですけどねえ」

「ポルカ!」


 その火に更に燃料ぶち込むのがポルカってのは、本当にどうかと思うんだ。つまりランディアは、背中から撃たれてる状態なんだもんな。それからアリッサ、何度も深く頷くな恥ずかしい。

 しかし、ポルカの言ってることも当たってると思う。変にでしゃばりすぎないほうが、こういう世界では結構可愛がられると思うんだ。……俺の場合はうっかり妙な発言したりして、中の人がおかしいことがバレたらやばいってのもあるんだけど。


「い、いいんですの。わたくしは、ダニエル様のお目にだけ止まれば、それで」

「止まってないじゃないですか」

「むぐっ」


 だからポルカ、追い打ちをかけるな。もっとも現実を見せただけ、と言われればそれまでなんだし実際そうだけど。

 ……あれ。何の脈絡もなく、思ったんだけど。


「もしかしてランディア様、わたしが羨ましいんですか?」

「っ!」


 ほんとーに、フッと思い立っただけなんだけど……それがどうやら、ビンゴだったらしい。ランディアは顔を真赤にして、そうして俺を睨みつけてきたから。……何というか、俺まで油流し込んだみたいだなあ。ごめん、ランディア。


「あ、きっとそうですね。ダニエル様がナルハ様のことを深く愛しておられるご様子とか、メイコール様が妹君をかわいがっておられるご様子とか、存分に拝見してしまいましたもの」


 だーかーらーアリッサ、とどめのとどめはやめろってば。……入学式当日のときのことだよな? さすがに昨日一昨日の別邸での様子は見られてないはずだぞ。シャナキュラスの別邸はうちとあまり近くないはずだし。

 とか思ってたら、ランディアが涙目になってがーと吐き出した。


「い、いいんですのよ! わたくしだって、母上にはいっぱい可愛がっていただけてるんですから!」

「……はあ」


 あれ。なんというか、違和感。

 母上には、なんだ。父上とか、他の人たちにはどうなんだろう。うちは家族が妙に仲がいいから、ナルハとしてはそれが当たり前だと思ってる部分があるんだが。

 ……ま、それぞれの家で事情はあるだろうし、中には仮面家族なところとかもあるんだろうけどさ。そのへんはさすがに、俺には関係ない。相談されたわけでもないからな。

 さて、いい加減話が進まないし、そろそろぶった切ろう。朝、登校中なんだぞ俺たちは。


「それよりも、そろそろ朝礼のお時間ですわ。急がないと、先生に叱られますわよ」

「わ、分かっておりますわ。行きますわよ、ポルカ」

「はーい」


 わたしが空気を読まない感じで声をかけると、ランディアは慌てたようにポルカを引き連れて歩き始めた。わたしもアリッサと「行きますわよ」「はい」と短い会話を交わして進むことにする。


「あ、段差にお気をつけ……」

「きゃあ!」


 って、上りの階段で何足踏み外してんだランディア! ポルカも手を伸ばしてるけど、思わず俺も走ってランディアの背中側に滑り込む。支え切れ……ないけど、俺にはアリッサがいるからな。


「ナルハ様!」


 ほら、ちゃんと背中を支えてくれた。だから、ランディアも転んで頭を打ったりしなくて済んだ。俺とポルカがランディアを支えて、そのままゆっくり床に座り込む形になる。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ、平気ですわ! ポルカ!」


 一応尋ねてみたけれど、これで平気じゃなきゃお前の身体はどんだけ貧弱なんだ、という状態だしな。強気な発言も元通りで、何というかホッとした。


「はいはい。ランディア様、お手をどうぞ」

「まったくもう、もっと早くおっしゃってくださいまし!」

「はあい」


 いつの間にかするっと滑り出ていたポルカ、実は俺たちの中で一番要領がいいんじゃないだろうか。その彼女の手を取って立ち上がりながら、ランディアはこちらを横目でチラチラと見た。


「……わたくしのクッションになってくださったことには、ありがたいと思っておりますわ。で、では」


 ああ、一応お礼言ってくれたんだな。悪いやつじゃないのは、ナルハのときから知ってるさ。

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