グラントール兄妹は前世でも兄妹であった。ただし、立場は逆
山吹弓美
000.プロローグもしくは崖落ち
ぐらり、と馬車が揺れた。
「きゃあ!」
「ナルハ!」
「ナルハ様!」
思わず頭を抱え込んだわたしの身体を、隣りに座っておられた兄上が抱きしめてくださる。同乗している兄上の小姓も、その上から。
でも、わたしたちにはそれ以上何もできなくてふわり、と馬車の中で浮かび上がって、そうして。
「ん、あ」
目が覚めた。
馬車の中にいたままだけど、横倒しになっているのが分かる。窓を閉めてて外が見えなかったけれど、多分道を外れて転落してるんだと思う。山道に、柵なんてないから。
うう、頭でも打ったかな。何というか、じんじんと奥のほうが痛い。
「……なんとか無事、か」
声に出してみて、自分の状況が掴めそうになって……あれ、何かおかしいな、と気づいた。伸ばした手、顔に触れた自分の髪、まとっているドレス。
いや、おかしくはない、はず。
この馬車は山道でもあまり揺れず、椅子はクッションが効いていてとても座りやすい。我が家系、グラントール伯爵家が使用している馬車なのだから、当然のことだ。
その馬車に乗っているわたしは、ナルハ・グラントール。グラントール家の長女であり、メイコールという兄を持つ妹。
兄の親友で自分の婚約者であるクライズ侯爵家嫡男ダニエルとの会食に兄とともに赴き、帰宅の途中……だった、はずだ。
「……ナルハ、グラントール」
自分の名前を口にしたときに感じた、微妙な違和感。それは、ナルハの歴史の前にひょっこりと顔を出した『俺』の記憶、だった。
「……
ナルハの名前と同じくらい、自分にとってしっくり来るこの名前は、俺がナルハとして生まれる前に生きていたときに使っていたものだった。
「………………まーじーかー」
ってつまり俺、水上鳴火は一度死んだりなんだりしてナルハ・グラントールに生まれ変わったってことだよな?
うん、さすがに赤ん坊のときの記憶はないけどこう、母上と一緒に屋敷のお庭でお花を眺めたこととかお誕生日に父上と兄上がでれでれな顔してプレゼントにでっかいぬいぐるみくれたこととか、しっかり覚えてるし。
「そういえばカンタレラちゃん、そろそろお手入れしないとなあ」
六歳のその誕生日にもらったぬいぐるみが、カンタレラちゃん。ふかふかの、ちょっとデフォルメされた狼で、その当時の俺であれば上に乗れるくらいのサイズなんだよね。あれからえーと九年か、経つんだけど……。
「……」
っていやいやいや、今そういう事考えている場合じゃないのではないかしら?
馬車が横倒しになってて、俺だかわたしだかは多分どっか打ったみたいで。
それで、一緒に乗っていたはずの兄上とおつきの小姓はどうしたんだ?
「あ、よっこいしょ、と」
とりあえず、馬車の中に立ってみる。今、俺から見て天井に当たる部分、外に出るための扉は開いててくれたので、何とか俺は胸元くらいまでを外に出すことができた。
周囲は暗いな……まあ、ダニエルと会食させてもらった彼の別荘を出たときにはもう夕方近くだったし。って、いや、違う。
「……崖の下……わあ、かなり落っこちてる……」
横倒しになっている馬車の周りには、分かりやすくバキバキに折れた木々が散らばっている。車輪はから、からと空回りし、馬がふー、ふーと荒く吐く息の音がここまで聞こえてくる。上を見上げてみたら崖がずっと続いていて、馬車が走っていたはずの道はよくわからない。
そこそこ周囲が見えるのは、馬車に照明として備わっているカンテラがかろうじて光をともしているからだ。その割に兄上も小姓も見当たらないけど……兄上はまあ、周囲でも見回ってると思う。後は知らない。
ひとまず、馬車から出ないとどうしようもないな、これは。兄上ならよいしょってジャンプすれば出られるんだろうけど、俺にはそんな体力はない。
「えいっ……うわ!」
とりあえずジャンプして、馬車の外側に手の指を引っ掛ける。ぐお、肋骨が戸口にぶつかって痛い痛い。あと、身体引き上げられない。十五歳のろくに体力もつけてない小娘には、無茶な所業だ。うん。
と思ったら、馬車本体がぐらりと揺れた。わたしもバランスを崩して、一緒に揺れて。
「どわっ」
がったん、ぐしゃと馬車のどこかが壊れる音がして、今まで天井だった部分がうまいこと壁になった。つまり横に九十度転がったわけだ、うん。まあ、俺も同じく九十度転がって倒れてるわけだけど。
「いでえ……」
でもまあ、このまま這い出せば外には出られるようになったのでのそのそと這い出す。途中びりっ、と音がしたのはドレスの裾が引っかかったからだ……あーもう、ダニエルと会うからってお気に入りのミントグリーンのドレス着てきたのになあ。やっちゃった。
「靴……は大丈夫、ぽい」
草色のパンプスは幸い、大した汚れも破損もなくわたしの足を守ってくれている。これならまあ、歩いての移動には問題……あるわい! この手の靴は、野山歩くようにはできてない! まあ、裸足で歩くよりはよほどマシだけど。
「ナルハ!」
「兄上?」
名前を呼ばれて、はっと答える。ああ、やはり兄上はまるっと無事そうだ。
そうして現れた、端正な金髪碧眼の王道系それなりに美形の青年。つまりはわたしの兄上、メイコール・グラントール。
なんだけど。
その兄上の姿に、なぜか黒髪黒目の中学生女子が重なった。あれ、これって確か。
「……
「……鳴火おにーちゃん?」
どうやら、この理由のわからない記憶が『戻って』きたのはわたしだけではなかった、らしい。
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