義体探偵

前編

 サ・ドライド通りは旧式の義体が集まる魔窟だ。露店には違法改造されたアタッチメントやドライバが並び、道端では半義体の貧民が『幸福な記憶』のメモリでトリップする。ここにロド・テクノロジー社の情報網は届かず、地下から直接採掘した旧式インターネットの情報が氾濫していた。


 ポータルで直接移動ができないのは、僥倖だったかもしれない。僕は都市迷彩ブルゾンのジッパーを上げ、バラックに囲まれた市街地を早足で歩く。


『ヴィンテージの右腕、200でどうだ! 軍払い下げの完全合金製、軟弱なシリコン皮膚に満足できないイカレ野郎にはヨダレが出るほどの逸品だろうよ!』


 時代遅れの合金義手を求めるような懐古趣味の奴らにとっては、ヨダレの代わりに機械油を漏らすような商品だろう。

 角張った身体こそが強さの象徴だと考えるような連中は、なるべく関わり合いになりたくない。だいたいが粗暴な荒くれ者で、この通りを抜けると違法武装の罪で収監されるのがオチだからだ。


 僕は露店に近づき、喉に埋め込まれたマイク越しに朗々と話す店主に声を掛ける。サイバーサングラスの奥はカラフルな義眼に置換されているが、それ以外は生身だ。喉と瞳を置換した半義体である。


「失礼、盛り上がってるところ悪いね。この辺りには詳しいのかい? 人を探しているんだけど」

「……まずは名乗るのがこの街のルールだ。保安官シェリフだったら洒落になんねぇだろ?」

「ポータルのない場所にシェリフみたいなエリートが来るわけないだろ? あいつらは所詮ロド社の奴隷だ。今のゴタゴタに付きっきりで、こんな所で安い取り締まりはしないよ」


 店主は笑った。プリセットの合成音声だ。恐らく、過去に後ろ暗いことをやってきたのだろう。

 僕が手首のコードを提示すると、店主の義眼が収縮する。肩書きなどの情報を参照しているのだ。もちろん、調査の為の架空データなのだが。


「サンバルド社の企業エージェント……? お大尽、こんな辺鄙な場所に来るもんじゃねぇ。俺らは金持ちと訊きゃ、何やるかわかんねぇよ……?」

 店主は残忍に笑う。当然、それくらい織り込み済みだ。必要経費しか入れていない口座から換金トークンに金を入れ、露店のざらついたテーブルに叩きつける。


「3000だ。これで協力してくれるかい?」

「3000……。や、安いなぁ。俺を買うには、もっと出してくんなきゃ……」

「もちろん、これは前金だ。情報の裏付けができたら、この倍は出そう。まぁ、他にも目撃者が居るなら他に頼むよ。悪かったね……」

「ま、待て! 待ってくれ! 聞くよ、話ぐらいなら!」


    *    *    *


 ロド・テクノロジー社が開発した瞬間移動ポータルの存在は、物質の往来や物流に革命をもたらした。旧式インターネットにおけるデータの送受信と同じように、義体内に存在する自我を電脳空間に放流し、移動先にあるフリーの義体に乗り移る。技術発展が可能とした、最もエコロジーな移動方法である。

 電脳空間を整備し、転送装置として3mほどの高さのゲートを設置したロド社CEOのロド・ルーカス氏は若々しい青年実業家で、白いスーツを着た滑らかな義体が見目麗しいと評判だ。次期大統領候補とも噂されており、今この街でもっとも力のある存在と言っても過言ではなかった。


 そんなルーカス氏が音信不通になったのは、先週のことだ。公衆の面前で、質量さえも残さずに忽然と消失したのだ。新たなポータルの完成披露セレモニーに参加し、試験走行的にゲートを潜った直後だった。

 電脳空間にさえ見当たらない自社のCEOにパニックを起こした経営陣は、権力を掌握したお抱えのシェリフに捜索を一任した。本来なら治安維持のために存在する機動部隊に、市井の探偵でさえ可能な人探しを、である。

 結果として、私立探偵である僕にも依頼が回ってくる羽目になった。依頼人はルーカス氏の手続き上の妻、ロド・エリーン女史だ。


 提示された報酬は、事務所の家賃を向こう10年は払えそうなほど莫大な額だった。依頼途中に起きた負債は全額負担、義体損傷時のバックアップは無制限。誰が見ても優良顧客だ。

 だが、僕がこの依頼を引き受けた理由は他にある。数年前に起きた事件の、復讐のためだ。


    *    *    *


「この辺りでスーツの男を見たかって? お大尽、他を当たってくれよ! こんな場所にそんな金持ちが来たら、それこそ身ぐるみ剥がされちまうぜ!」

「言い方が悪かったな。完全義体の男なら、身ぐるみを剥がされていたとしても嫌でも目立つだろう。あんたのメイン顧客みたいな合金義体じゃなく、最新鋭のシリコン義体だ。半義体だらけのこの通りなら、尚更な」


 耐汚染加工が施されたキャスケットのつばを抑え、僕はなるべく高圧的に睨みを効かせる。狭い場所で身動きがしやすいようにカスタマイズした小柄な義体は、治安の悪い地域には向かない。寧ろ舐められてしまいがちなのだ。


「この辺りの連中なんて、だいたいが合金だからなぁ。洒落た奴なんか、この通りには……。いや、1人居たな。何日か前に、自慢げに歩いてる奴が。確か、あいつは……」

 店主はぶつぶつと呟きながら、過去の記憶を思い起こそうとする。記憶も完全に外部媒体に頼ってしまえばいいのに、置換した瞳に情景記憶は搭載されていないようだ。


 やがて思い出したのか、店主は背後のアパートに目をやる。バラック群めいた寄せ集めの建造物は、この通り特有のものだ。

「案内してやるよ。目立った奴だったから、襲撃されてなければあそこに行ったはずだ。……確認したら、ちゃんと情報料払ってくれよ?」


 板金、PVCレザー、コンクリートブロック。バラックの壁を構成する物質は統一感のないパッチワークで、建物ごとに唯一無二の個性を発揮していた。サ・ドライド通り以外なら景観を損ねそうなものだが、ここはそういった異物を飲み込む混沌を形成している場所だ。大企業の経営責任者でさえ、ここなら埋没しかねないのである。


「なァ、誰を探してるって? サンバルド社の企業スパイか? それとも代金を踏み倒す悪質な顧客か? どちらにせよ、この街には後ろ暗い奴はたくさん居るんだ。叩けば埃が出ない方がおかしいんだよ。その点、俺ァ人を見る目は鍛えられたつもりだ。義眼だがな! サンバルド社専属の情報屋として雇ってくれるなら、わざわざエージェント様が来ないでも……」


 錆びた非常階段を登りながら、店主は静寂をごまかすように僕に語りかける。口が軽い情報屋など一番信用に値しないのだが、喉を置換したのは過去に失態を犯して潰されたからだろうか?

 だが、身分を隠して情報を聞き出すのには適している。僕は口を開き、個人的な疑問を尋ねる。


「〈S.L.U.G.〉というハッカー集団を知っているか?」

「あのナード野郎どもか? この街じゃ聞かないが、顧客に繋がってる奴がいたよ。電脳空間を荒らし回っていても、ここには来たことがない。ビビってるんだろうよ。……それがどうした?」

「いや、うちの会社も対応に苦労してるんだ。厄介な連中だからな……」


 薄いドアをノックし、僕は案内された部屋の住民に伺いを立てる。太古の昔からの儀礼であり、既に意味などない行為なのだが。

 壁越しに聞こえるのは、チープなエレクトロ・ロックだ。ボーカル音声にはオートチューンが掛かり、独特なグルーブ感を演出している。もはやクラシックの域に達した、レトロなBGMである。


 ノックを繰り返す。曲のトラックは、もはや3ループ目だ。

 不在かもしれないが、だとしても調べなければいけない。僕は旧式の電動キーをハッキングで複製すると、取り付けられたダイヤルを回す。探偵にかかれば、朝飯前だ。


 カーテンによって陽光を遮断された部屋は、壁面を取り囲むネオン管の刺々しい光で彩られている。PVCレザー製のソファの背中が、寒々しくその身を晒していた。

 足を踏み入れれば、大音量で電子音が響いている。無人にしては、そこかしこに生活の痕跡が残っているのだ。

 ソファの奥に置かれたモニタは、かつて流行した液晶モデルだ。そこには、電脳空間が映し出されていた。


 横たわる義体は、白目を剥いて痙攣していた。電脳空間に自我を移したのではなく、なんらかの悪影響を与えられたのだ。

 顔を覗き込む。自我を奪われた状態では、これが対象であるかは判別がつかない。カスタマイズされた義体でも、何者かに奪われて成り済まされる場合があるのだ。


「……バッドトリップか。何者かに自我を攻撃されたとすれば、まさか……」


 モニタに映る電脳空間には、幾何学的なパーティクルが明滅していた。僕にとっては嫌というほど既視感のある、奇妙な痕跡を形作っている。這い回るナメクジ跡めいた、ハッキングデータの集積だ。これが意味するのは、明確な咎人の存在である。


「……〈S.L.U.G.〉ッ!!」


 それは、僕にとっての仇の名前だ。

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