マジメな調査のはずだが、みんなのスキンシップがやっぱり激しい。――12

「素晴らしかったわ! ギン、マシロ!」


 広場の端に移動した俺たちを、リラが満面の笑みで迎えてくれた。


 俺とミアは、「「光栄です」」と頭を下げる。


 さて、ここからが本番だ。ブロセルク城の広場には入れた。あとは、どうやって城内を探索するかだ。


 顎に指を添えて考えていると、給仕係の女性が、「いかがですか?」と、俺とミアにグラスを渡してきた。


 思案しあんに集中していた俺は、「ありがとうございます」となかば反射的に受け取って、グラスを傾ける。


 気づいたのは、グラスに口をつける直前だった。


 グラスの形状が普通のものじゃない。逆三角に長い取っ手、円盤の底面――これはカクテルグラスだ。


「ミ……マシロ、ストップ!」

「は、はいっ!」


 ギョッとした俺は、慌てて制止の声を上げる。


 グラスを手にしたまま、ミアが動きを止めた。カクテルに口はつけていないようだ。


 俺は胸を撫で下ろした。


 そうだ……俺とミアは、『誤魔化し花のブローチ』で、認識を誤魔化しているんだっけ。


 ミズガルドで飲酒が許されるのは、一六歳からだ。


 本来、俺とミアは飲酒できる歳ではないが、いまは周りの人々に、一八歳と誤認させている。だから、給仕係の女性は、なんの疑問もなくカクテルを渡してきたんだろう。


 給仕係の女性が、不思議そうな顔で尋ねてきた。


「いかがされましたか?」

「私も彼女も下戸げこでして、お酒は飲めないのですよ」

「そ、そうでしたか! 大変失礼しました!」


 ペコペコと謝る給仕係の女性に、「いえいえ」と俺は手を振る。


 気にしていないふうを装っているが、背中は汗でビッショリだ。


 危ない危ない……ポッサの宿で起きた『飲酒事件』の、二の舞になるところだった。


 王国騎士団との協同クエストの際、俺、クゥ、ミア、ピピの四人は、ポッサの宿で、ラウルからもらったブドウジュースを飲んだ。


 しかし、ラウルが勘違いして渡したのか、ブドウジュースと思っていたものはワインで、クゥ、ミア、ピピは酔っ払ってしまった。


 結果、クゥは寝落ちし、ピピは俺に抱きついてキスの雨を降らし、ミアはマーキングと称して俺をペロペロと舐めてきたんだ。


 しかも、あのとき俺は、ミアを止めるためにお尻を……


 そこまで振り返り、俺はブンブンと頭を振る。


 イカン! これ以上思い出すのは、ミアに申し訳ない!


 両手によみがえった感触と、鎌首かまくびをもたげつつあった煩悩ぼんのうを振り払い、心を静めるために深呼吸をする。


 大丈夫だ。幸い、今回はミアが飲酒する前に止められたんだし、問題は起こら――


「ギンしゃまーっ!」

「ほぐぅっ!?」


 平静を取り戻そうとしていた俺に、ミアがいきなり抱きついてきた。みぞおちに頭突きを決められ、俺は目を白黒させる。


「んふふふー、ギンしゃまの匂い、しゅきれすー」


 ミアが俺の胸に頬ずりして、クンカクンカと匂いまで嗅いできた。


 ミアのまぶたはわずかに伏せられ、頬はしゅに染まり、口元はだらしなく半開きにされている。


 フリフリとご機嫌そうに揺れる尻尾を目にしつつ、俺は口をパクパクさせた。


 ままままさか、酔っ払っているのか!? けど、ミアはカクテルに口をつけていないはずだ! なのにどうして!?


「ねえ? このカクテル、なにでできているのかしら?」


 俺が混乱におちいっていると、リラが給仕係の女性に訊いた。


 状況をつかめずにアワアワしていた給仕係の女性が、答える。


「ブロッセン産の蒸留酒じょうりゅうしゅとリンゴジュース、そこに、タオ産のマタタビ酒を加えたものですが……」


 マタタビ酒だぁあああああああああああああああああああああああああ!!


 原因を悟り、俺は心のなかで絶叫する。


 リラが、「やっぱり……」と呟いた。


「猫人族のなかには、マタタビの匂いで酔っ払う者がいると聞くけれど、どうやらマシロはそうみたいね」


 ミアは俺の胸にグリグリと頭を擦りつけている。ネコが甘えているようにしか見えない。


 リラが疲れたように嘆息して、給仕係の女性に指示する。


「ふたりを客間で休ませてあげなさい」

「で、ですが……」

「お父様には、あたしから事情を伝えておくわ。客人に迷惑をかけたままではいられないでしょう?」

「か、かしこまれました!」


 給仕係の女性が、「申し訳ありません!」と謝り、パーティー会場をあとにして、俺とミアを客間へと案内する。


 ブロセルク城の廊下を進みながら、俺は喝采していた。


 リラ、ナイスアシスト!


 俺たちの目的は、戦争の証拠をつかむため、ブロセルク城を探索することだ。しかし、城内に侵入するチャンスをつかめずにいた。


 そこでリラは、ミアを客間で休ませるよう提案した――俺たちに、ブロセルク城を探索たんさくするチャンスを作ったんだ。


 ハプニングを利用するなんて、機転がくな、リラは!


 思わずニヤリと笑った。


 ただし、ひとつだけ懸念がある。


「ギンしゃまー、いっぱいイチャイチャしましょーねー? わたしたちは夫婦なんれすからー」


 ミア、暴走しないかなあ? 今回は『夫婦』って設定があるし、ミアの自制心がぶっ飛んでもおかしくないんだよね……何事もなければいいんだけど。


 頭を悩ませながら、なおも体をすり寄せてくるミアの背中を、優しくさすった。

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