マジメな調査のはずだが、みんなのスキンシップがやっぱり激しい。――3

 日が沈み、窓の外には闇が広がっていた。


 夕食をとった俺と五人は、リビングで作戦会議をはじめる。


「どのように調査しましょう? 冒険者内でシルバさまは有名人です。表立って調べると、国王がたから疑われてしまうのではないでしょうか?」


 ミアが挙手して意見を述べた。


 魔公を三体も討伐した俺たちは、冒険者のあいだで名が通っている。


 レティさんいわく、『神獣を使役する規格外の大型ルーキー』と呼ばれているらしい……大変こそばゆい話だけど。


 それだけでなく、『(元)最強の冒険者』のサシャまで仲間にしているんだ。目立つなというほうが難しいだろう。


 そんな俺たちが、聞き込みや調べものを堂々と行ったら、『シルバがブロッセン王国について調査している』と、冒険者を経由して国王たちの耳に届くかもしれない。


 ミアが懸念けねんしているのは、そういう事態だ。


「大丈夫。対処法は考えてある」


 俺は微笑み、バックパックから麻袋あさぶくろを引っ張り出した。


大食おおぐい麻袋』――ニアヴからもらった妖精のアイテム。一〇〇キロまで物を収納でき、なおかつ中身の重さを感じさせない代物しろものだ。


 俺は『大食い麻袋』に手を突っ込み、ブローチをひとつ、取り出す。玉虫色たまむしいろきらめく花で作られた、ブローチだ。


「これは『誤魔化ごまかばなのブローチ』といって、身につけている者への認識を誤魔化せるアイテムだ」

「認識を誤魔化す?」


 首をコテンと傾げるクゥに、ブローチの効果をかみ砕いて聞かせる。


「たとえば、『犬人族けんじんぞくとして見られたい』と設定して身につければ、周りは『このひとは犬人族だ』と誤認する。いわば、最上級の変装アイテムってところだね」

「流石は、妖精さんのアイテム。驚きの、効果」


 普段は表情のとぼしいピピが、わずかに目を大きくした。それだけ感心しているのだろう。


「『生物を無生物に誤認させる』とか『人族・亜人族を、別の生き物に誤認させる』とか、明らかに無理のあることはできないけど、『誤魔化し花のブローチ』を使えば、正体をバレずに調査できる」


 それだけでなく、


「冒険者ではもぐり込めない場所にも、認識を誤魔化すことで潜入できるんだ。調査にはピッタリだよ」

「「「「「たしかに」」」」」


 五人が「うんうん」と頷いた。


 五人からの賛同を得て、俺は話を進めようと口を開く。


「で、でしたら、お互いの呼び方も、変えないと、いけませんね」


 それより早く、シュシュがずとした様子で発言した。


 シュシュの伝えたいことがつかめず、俺は「ん?」と聞き返す。


「あ、あたしは、主さまのことを、『主さま』と呼んでいますが、変装しても、『主さま』と呼んでいては、おかしくない、でしょうか?」

「そっか。師匠とオレたちは『主と配下』――一般的な関係じゃないしね」


 サシャが、ポン、と手を打った。


 なるほど。特殊な関係にある俺と五人が、変装後も『主と配下』のままだとおかしい。変装する際は、別の呼び方が必要になるってことか。


「じゃあ、ボクはご主人さまのこと『シルバ』って呼びたい!」


 クゥが元気よく手を挙げる。


 クゥの要望を聞いて、ミアが眉をひそめた。


「シルバさまを呼び捨てにするのは、どうかと思いますが……」

「呼び捨てにはしちゃうけど、ご主人さまを尊敬する気持ちは変わらないよ!」


「ですが……」と、なおも難色を示すミア。


 そんなミアに、クゥがニパッと笑ってみせる。




「それに、呼び捨てにしたら『恋人』っぽいし!」




 ミア、ピピ、シュシュ、サシャの背後に、『ピシャーン!』と稲妻が走るエフェクトが見えた。


 クゥの衝撃的発言に、俺は狼狽うろたえるほかない。


「こここ恋人!?」

「うん! 変装って、『ごっこ遊び』みたいなものでしょ? だったらボク、ご主人さまの恋人になりたい!」


「ニヘヘヘー」と、クゥが頬を緩める。


 どストレートなクゥの告白に、俺はパクパクと口を開け閉めした。


 ククククゥが俺をしたってくれているのはわかってたけど、こっ、恋人になりたいなんて思ってたの!?


 俺は視線を右往左往させる。こんなにテンパったのは、前世・現世を通してはじめてだ。顔が熱くて仕方がない。


「素晴らしいアイデアです、クゥさん! 普段とは異なる関係性でシルバさまと触れ合うイチャイチャするチャンスです!」


 先ほどまで反対していたミアが、一転して目を輝かせる。


 ミアだけじゃない。ピピ、シュシュ、サシャも、修学旅行前日の中高生みたいに、ワクワクした表情をしていた。


「ピピ、兄妹がいい。パパの妹に、なりたい」

「あ、あたしも、主さまのこと、『お兄ちゃん』って、呼びたい、です!」

「オレは『先輩と後輩』がいいな! 設定としては、友達以上恋人未満の初々ういういしいやつ!」


 いまだに困惑している俺を置いてきぼりにして、次々と希望が上がる。


「ミアはどんな関係がいいの?」


 クゥがミアに尋ねた。


 ミアは色づいた頬に両手を当てて、少しだけ恥ずかしそうに答える。




「わたしは、シルバさまと『夫婦』になりたいです」




 凄まじい破壊力に、心臓がドキーン! と跳ね上がった。


 ガツンと殴られたような衝撃。ギュンと締め付けられる胸。


 全身がだったように熱く、頭がクラリと揺れる。


「ふ、夫婦も、いいです、ね!」

「ええ。王道とはこのことです!」

「ん。ピピたちの、ゴール地点」

「師匠と夫婦……!? け、けど、オレには恐れ多いし……!」

「うーん、ボクも夫婦にしようかなぁ? でも、恋人も甘酸っぱくて捨てられないし……」


 盛り上がった五人が話し合いをはじめる。


 五人とも、これ以上なくイキイキしていた。


 みみみみんなが俺と夫婦になりたがっている!? い、いや、あくまで変装だし! 『ごっこ遊び』だし! き、きっと、みんなテンションが上がっているだけだ! そうだよね!?


 俺はガシガシと頭をきむしる。そうでもしないと、もだえ死んでしまいそうだから。


 ブロッセン王国の調査は、早くも波乱の予感だった。

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