完全なるアウェイだが、正々堂々戦いたい。――8

 翌日の午前。二本目の課題がはじまっていた。


「また分岐点ぶんきてんですね」

「うん。もう、自分がどこにいるのか、サッパリわからないね」


 俺とミアは、丁字路ていじろで溜息をついていた。


 俺とミアがいるのは、ところどころに光を放つ結晶が生えている洞窟――メアの森にある『ラビュ洞窟どうくつ』だ。


 二本目の課題の内容は、『ソルクリスタルの採取』。

『ソルクリスタル』とは、上級魔導具の触媒に用いられる希少な鉱物で、その産地は限られている。


 このラビュ洞窟は、数少ないソルクリスタルの産地であり、最奥さいおうの空間で採取できるそうだ。


 ただし、ラビュ洞窟は迷路のように入り組んでおり、最奥の空間は、『魔人まじん』である『ミノタウロス』に守られているから、容易ではない。


 俺たちとエリスさんは別の入口からラビュ洞窟に入り、どちらがより早くソルクリスタルを採ってこられるかを競う。


 いわゆるタイムアタックだ。


「こう入り組んでいては、ソルクリスタルを採取したとしても、戻れるか心配です」

「大丈夫だよ、分岐点に目印をつけているから」


 言いながら、俺はミスリルソードで洞窟の壁に傷痕きずあとをつける。


「この傷痕を目印にすれば、迷わず外に出られるよ」

「なるほど! 先ほどから壁に傷痕をつけていたのは、そのためだったのですね!」


「流石です!」と、ミアが尊敬の眼差しを向けてくる。


 純度一〇〇パーセントの敬意がくすぐったくて、俺は頬をポリポリと掻きながら苦笑した。


「問題は最奥に辿り着けるかだ。もう随分ずいぶん歩いているけど、景色が全然ぜんぜん変わらない」


 懸念けねんする俺の前に、またしても丁字路が現れた。


「またか……」とぼやき、ミスリルソードで目印をつける。


「今度はどっちにしようか?」


 俺が相談を持ちかけたところ、ミアが唇に指を当てた。


「ミア?」

「シルバさま、少しのあいだ、お静かに願えますか?」

「ああ、わかった」


 俺が頷くと、ミアは静かにまぶたを伏せた。


 ミアの耳がピクピクと動いている。どうやら、音を拾うために耳をすませているらしい。


 ミアの邪魔をしないように、俺は息をひそめる。


 しばらくして、ミアがまぶたを上げ、正面の壁を指差した。


「この先から、モンスターの鳴き声が聞こえます」

「壁の先から鳴き声が聞こえる? すぐ隣に空間があるのかな?」


 不思議に思い、俺は壁をコンコンと叩く。


 壁を叩きながら移動していると、違和感に気付いた。


「音が違う?」


 改めて、壁を叩きながら行ったり来たりする。


 間違いない。丁字路の真ん中だけ、壁を叩いたときの音が違う。


 材質や厚みが違うのか? けど、ラビュ洞窟は天然の洞窟だ。一部だけ違うなんて、不自然すぎる。


 まさか……。


 ひとつの原因に思い至った俺は、ミアに頼んだ。


「ミア、『武具創造ぶぐそうぞう』スキルでハンマーを作ってくれる? できるだけ重いやつ」

「わかりました!」


 ミアが手をかざし、地面が銀色に輝く。


 輝きのなかから、頭の部分が児童の体ほどもある、真っ黒いハンマーが現れた。見るからに重そうだ。


 そんなハンマーを、ヒョイ、と片手で持ち上げ、「どうぞ」とミアが手渡してくる。


 両手で受けとると、少なくとも成人男性三人分はありそうな重さを感じた。


 これを片手で持ち上げるなんて、ミアの力は尋常じんじょうじゃないなあ。まあ、両手持ちとはいえ、ちゃんと扱える俺も、大概たいがいだけど。


「危ないから下がっていて」

「はい!」


 ミアが離れたのを確認して、俺はハンマーを思いっ切り振りかぶった。


「はあっ!!」


 気合の声とともにハンマーを壁に叩き込む。


 ドゴォッ!!


 洞窟内に轟音が反響した。


 丁字路の壁が無数の石片せきへんとなって散らばり――隠されていた通路が現れた。


 通路は、先へ先へと続いている。


「この丁字路は、もともと十字路だったのですね」


 薄々勘付かんづいていたらしいミアが、険しい面持おももちで呟く。


 ミアに頷きを返し、俺は自分の推測を語った。


「おそらく、鉱物を変形・変質させる『錬金れんきん』スキルで壁を造り、道を塞いだんだろう」

「ええ。ディアーネ教の司祭か、ハウトの村人の仕業でしょうね」


 グレゴールさん、フランチェッカさん、ハウトの村人は、俺たちのことを毛嫌いし、エリスさんの勝利を望んでいる。


 だから、俺たちが最奥に辿り着けないよう、『錬金』スキルで壁を造り、正解のルートを潰したんだろう。


 ミアがギリッと歯をきしらせる。


「一本目の結果に文句をつけておきながら、自分たちは不正を働くのですね! 本当にロクでもない方々です! シルバさま、抗議しましょう!」

「抗議しても無意味だよ、ミア。逆に難癖をつけられるのがオチだ」

「ですが……っ」

「それよりさ?」


 悔しそうに顔を歪めるミアに、俺はニヤッと笑ってみせた。


「言い返せないほどに圧勝してやろうよ? 不正なんかしたって無意味なんだって、わからせてやるんだ」


 ミアが目を丸くしてから、クスッと笑み漏らす。


「そうですね。シルバさまのお力を見せつけて差し上げましょう!」


「えい、えい、お――っ!」と、ミアが拳を突き上げた。

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