完全なるアウェイだが、正々堂々戦いたい。――3

 メアの森は、霧に包まれていた。


 まだ昼前で、天候にも恵まれているというのに、深い霧が日光をさえぎっているため、森のなかは薄暗い。


「ぶ、不気味な、森、ですね」

「怖くない、シュシュ?」

「だ、大丈夫、です! 主さまの、お役に立てるよう、頑張り、ます!」


 俺の隣にいるシュシュが、ムン! と両拳を握りしめる。


 気合いを入れているのだろうけど、その仕草はただただ可愛らしく、自然と俺の顔はほころんだ。


 隣にいるから当然だが、俺が一本目の課題のパートナーに選んだのは、シュシュだ。


「仲がいいのね」


 俺たちの様子を眺め、離れて歩くエリスさんが話しかけてきた。


「神獣を『使役』しているだけでも驚きだけど、そこまでしたわれているなんて信じがたいわ」

「俺もたまに夢かと思いますよ。本当に、みんなには感謝しかない」


 言いながら、俺はシュシュの頭を撫でる。


 シュシュは「えへへへ」と幸せそうに目を細めた。


「見せつけてくれるわね。甘ったるいったらないわ」


 エリスさんが溜息をつき、再び口を開く。


「昨日は悪いことをしたわね」


 エリスさんがなんのことを言っているのかわからず、「悪いこと?」と俺は首を傾げる。


「ミハエルさんやミリーさん、ハウトのみんなが、あなたたちを侮辱ぶじょくしたことよ」


 視線を正面に戻しつつ、エリスさんが続けた。


「あのひとたちは悪いひとたちじゃないのだけど、信仰心が強すぎるの。ディアーネさまや、あたしを崇拝すうはいしすぎているから、メアリさんや、あなたたちを排斥はいせきしようとするのよ。メアリさんのスキルは、ディアーネ教にとって異端なものだし、あなたたちは、あたしと敵対しているしね」


 けど、


「スキルの異端さも、あたしと敵対していることも、侮辱していい理由にはならない。だから、あのひとたちの代わりに謝らせて」


「すまなかったわ」と、エリスさんが頭を下げる。


 俺はポカンとして、思わず口を滑らせてしまった。


「……意外にまともなんですね」

「どういう意味よ」


 エリスさんが、不機嫌そうに眉をひそめながら、顔を上げる。


 俺は慌てて弁解した。


「い、いえ、ハウトの村人やグレゴールさんたちが、あまりにロクでもないひとたちだったんで、エリスさんも人格に問題があるんじゃないかと思っていたんです!」

「正直なのは美徳だけど、オブラートって知ってるかしら?」


 ああっ! 慌てすぎて本音を漏らしてしまった! エリスさんが頬をピクピクさせてる! これ以上、この話を続けるのはマズい!


「え、えっと……神獣たちみんなを参加させるよう後押ししてくれたのも、おびの意味合いがあったんですか?」

「露骨に話を逸らしにかかったわね……」


 エリスさんがジト目になった。狙いがバレて、俺はヒヤヒヤするほかない。


 エリスさんは諦めたように息をつき、「まあ、いいわ」と呟いた。


 俺が胸を撫で下ろしていると、エリスさんが眼差しを鋭くする。


「勘違いしないでほしいのだけど、グレゴールさんを説得したのは、あなたたちへのお詫びじゃないわ。あたしが落ちぶれたくなかったからよ。自分が勝つために、相手に不利な条件を突きつけるなんて、あたしのプライドが許さないの」


 それに、


「あたしは、自分の力を信じている。あなたたちに負けるはずがないってね」


 エリスさんが、腰にいたツーハンデッドソードを引き抜く。


 まさか、直接対決を仕掛けるつもりか!?


 警戒した俺が、ミスリルソードのつかを握った直後、


『グオォオオオオオオオオオッ!!』


 エリスさんの背後に、深緑ふかみどりの体毛を持つ巨大なクマが現れた。


 討伐対象の魔獣、ブルベガーだ。

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