救世主だとは信じられないが、仲間のためなら応えたい。――7

 集まった人々が、ざわつきだした。


「見て、あの顔。まるで悪魔そのものよ」

「ああ。あんな粗暴者そぼうものの親なんだ。やはり、あの魔女を追放したのは正解だったな」


 俺の耳に、村人たちの陰口が届く。


 俺は悟った。




 ――苦手なんだ、この村。




 クゥが居心地いごこち悪そうにしていたのは、ハウトの村人たちが、メアリさんを追放したからなんだろう。




 ……そうだよ。メアリは優しいんだ。


 ――それなのに、あのひとたちは――




 クゥが言っていた『あのひとたち』とは、ハウトの村人たちや、グレゴールさん、フランチェッカさんのことなんだろう。


「いくらなんでも、言い過ぎです」

「これ以上、クゥをバカにしたら、ピピたち、怒る」

「ひ、ひどいこと言うのは、やめて、ください!」


 ミア、ピピ、シュシュの三人が、人集りから抜け出した。


 ミアは毅然きぜんと、ピピは静かな怒りを漂わせながら、シュシュは怯えながらも勇気を振り絞り、クゥをかばうように並び立つ。


「どうやら、あなた方も魔女の同朋どうほうのようですな。まったくもって汚らわしい」

「そうだ、この悪魔どもが!」

「いますぐこの村から出て行け!」


 グレゴールさんが、フン、と鼻を鳴らし、村人たちが同調した。


 なるほど。メアリさんが『魔女』なら、『あの魔女がつれてくる悪魔』とは、メアリさんの味方のことなのか。


 村人たちは異口同音いくどうおんに、四人を「悪魔」となじる。


 ここで歩みでたら、俺も村人たちの罵声ばせいを浴びるだろう。


 なら、静観を決め込むか?


 まさか。


 みんながけなされているなか、傍観ぼうかんしていられるほど、俺は落ちぶれちゃいない。




「黙れ」




 自分でも驚くほど低い声だった。


 四人をののしっていた村人たちが、一斉いっせいに閉口する。


 俺を避けるように、周りの村人が後退あとずさった。


 人集りから抜け出し、俺は四人のもとへ歩いていく。


「メアリさんを理不尽な理由で追放し、魔女と断じ、メアリさんを擁護ようごする者は、悪魔あつかいする」


 四人のもとにたどり着き、俺は村人たちを見渡した。


 よほど恐ろしい形相ぎょうそうをしているのだろう。村人たちが、俺の顔を見て「ひっ!!」と喉を引きつらせる。


 それでも、俺に怒りを抑えるつもりはない。


 みんなをバカにされて、はらわたが煮えくりかえっているんだから。


「そんな『愚行ぐこう』が、あなたたちの『正義』だとでもほざくのか」


 静まり返ったなか、ゴクリ、とつばを飲む音が聞こえた。


「あ、悪魔風情ふぜいが――」

「待ってください」


 気圧けおされながら、それでも俺たちを貶そうとしたグレゴールさんを、エリスさんが止める。


「わたしも、彼らを侮辱するのは道徳に反すると思います」

「お、おお! 流石は勇者さま! なんと慈悲じひ深い!」


 グレゴールさんが跪き、ミリーさん、村人たちがそれにならった。


 狂っている。


 冷めた目でその光景を見ながら、俺は溜息をついた。


 このひとたちは、救いようがないな。


 同時に疑念が湧く。


 こんなロクでもないひとたちにかつがれているエリスさんは、勇者と呼ぶに相応ふさわしい人物なのだろうか? 勇者と呼ばれるに足る、人格を備えているのだろうか?


「エリスさん。あなたは、勇者としてなにをしたいんですか?」


 だから、俺は尋ねる。


 エリスさんは答えた。


「勇者の使命はひとつ。世界を救うことよ」


 エリスさんが、藍色の瞳を俺に向ける。


「そういうあなたはどうなの? 『異世界から訪れた救世主』さん?」


 どうやらエリスさんは、メアリさんの『預言』を知っているようだ。


 もしかしたら、『あの魔女がつれてくる悪魔』とは、メアリさんの味方だけでなく、メアリさんが『預言』した救世主――つまり、俺のことも指しているのかもしれない。


 正直、救世主なんて、俺には不相応ふそうおうだ。世界を救うなんてだいそれた真似が、俺にできるとは思えない。


 それでも、ここで引き下がれば、メアリさんやみんなが、余計バカにされるだろう。


 それだけは許せない。


 だから俺は、覚悟を決める。


「俺もそうです。俺は、この世界を救う」


 途端、村人たちからブーイングが上がった。


 エリスさんが左手を挙げてそれを制し、俺に提案する。


「なら、どちらが世界を救う者として相応しいか、勝負をしましょう。救世主を名乗るなら、もちろん受けるわよね?」


 別に、救世主なんて称号に、こだわりはない。


 けど、ここで引いてはいけないことくらい、俺でもわかる。


 俺は答えた。


「わかりました。受けて立ちます」

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