救世主だとは信じられないが、仲間のためなら応えたい。――5

「ご主人さま、目の下にくまができてるよ?」

「き、昨日、なかなか寝付けなかったんだよ」

「なにか、あった、の?」

「ななななにもなかったよ!? 断じて!」

「シュシュさんのほうは、なんだか肌つやがいいですね」

「た、多分、昨晩の――」

「シュシュ、スト――――――ップ!!」


 真相を暴露ばくろしようとするシュシュを、俺は慌てて制した。


 衝撃的な出来事があった日の翌日、午前中。


 俺たちは、メアリさんの家がある丘の、西に位置する村『ハウト』を訪ねていた。


 メアリさんは、(あらかじめ知っていたとはいえ)突然お邪魔した俺たちを、もてなしてくれた。


 それなのに、なんのお返しもしないのは不義理ふぎりに当たる。


 そこで俺は、メアリさんに手料理を振る舞うことにした。ハウトに来たのは、食材を調達するためだ。


 シュシュとの一件をなんとか隠しとおし、俺は改めて、村を見渡した。


 人々の多くは、犬耳と尻尾を生やしている。どうやらハウトは、犬人族の村らしい。


 建物は質素で、地面も舗装されていない。この辺りは、俺の故郷『ファルト』や、辺境の村である『ワン』や『フィナル』と一緒。村らしいと言えるだろう。


 ただ、ハウトには、ほかの村と異なる点があった。


随分ずいぶん、賑わっているなあ」


 都市ほどではないにしろ、行き交う人々が多い。その人種も、人族ひとぞくから亜人族あじんぞくまで様々だ。


 加えて、至る所で露店が開かれている。


 悪いことではないが、村にしては、活気がありすぎるのではないだろうか?


 どうして、ここまで賑わっているんだろう?


 なにか手がかりがないかとキョロキョロしていると、クゥが顔をうつむけていることに気付いた。


 普段から元気いっぱいのクゥには珍しく、沈んだ表情をしている。


「どうしたの、クゥ? 元気なさそうだけど、大丈夫?」

「あ……うん、大丈夫だよ」


 心配になって声をかけると、クゥが顔を上げ、笑みを浮かべた。


 それでも、クゥの笑顔は弱々しく、無理に作ったものだと一目でわかる。俺の不安はちっとも晴れない。


 不安が顔に表れたのだろう。クゥが慌てたように両手を振った。


「本当に大丈夫だよ、ご主人さま! ただ、苦手なだけ」

「苦手?」


 聞き返すと、「うん」とクゥが頷く。


「苦手なんだ、この村」


 そう答えるクゥは、やっぱり沈んだ様子だ。


「どうして、クゥは――」

「シルバさま、ありましたよ!」


 詳しく尋ねようとしたところ、ミアの明るい声が届いた。


 野菜を並べた露店の前で、ミアとピピが、手(翼)を振っている。


「ポテトサラダに必要なお野菜が揃っています!」

「どれも、お手頃てごろ価格。なのに、新鮮」


 メアリさんに振る舞う手料理――ポテトサラダの材料を見つけたらしい。


「ありがとう」と微笑んで、俺はふたりのもとに向かった。


 クゥがハウトを苦手とする理由も気になるけど、まずは食材を調達しよう。


「嬢ちゃんたち、いい目をしてるな! 俺の野菜の新鮮さを見抜くなんてよ!」

「ありがとうございます。もしよろしければ、気持ち、お値引きいただけませんか?」

「嬢ちゃんみたいなべっぴんさんに頼まれたら、仕方ねぇなあ!」


 両手を合わせてコテンと首を傾げるミアに、犬人族の店主が苦笑する。


 どうやらミアは、結構な世渡り上手のようだ。


 それにしても、簡単に値引きしてくれたのは意外だな。大抵、村ってのは懐事情ふところじじょうが悪いから、値引き交渉されたらイヤな顔をするものなんだけど……この村が、村とは思えないほど賑わっているからかな?


「この村は、どうしてこんなにも賑わっているんですか?」


 代金を払いながら、俺は店主に質問する。


「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりに、店主は胸を張った。


「勇者さまがいるからだよ!」

「勇者?」

「ああ! ハウトは勇者さまの出身地なんだ! 勇者さまの姿を一目見ようと、ハウトを訪れるひとが増えてな? おかげで商業もさかんになってるんだよ!」


 豪快に笑う店主とは対照的に、俺たちは眉をひそめる。


(みんな、勇者って聞いたことある?)

(初耳ですね。噂すら聞いたことがありません)

(ピピも、いろいろなとこ旅してきたけど、知らない)

(も、もしかして、主さまの、ことでしょうか?)

(だね! ご主人さまは救世主なんだし!)

(いやいや、ないない)


 コソコソと話し合っていると、村の外れのほうから、ワッ! と歓声が上がった。


「勇者さまが戻ってこられたぞぉ――――っ!!」

「見事、魔獣まじゅうを討ち取られたそうだぁ――――っ!!」


 そんな報告が聞こえ、周りのひとたちの顔が輝く。


流石さすがは勇者さまね!」

「わたしたちも、お出迎えしましょう!」


 勇者さまとやらを褒めたたえながら、人々は一目散いちもくさんに、歓声が聞こえたほうに向かいだした。


 突然の出来事に、俺たちは目をパチクリさせる。


 呆然とする俺たちに、店主が声をかけた。


「兄ちゃんたちも、勇者さまを見ていかないか?」

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