俺は王国騎士になれなかったが、協力要請がきたらしい。――9

「シルバくん、重ね重ね申し訳ない」


 控え室に戻ると、そこにいたシェイラさんが、直角に近い角度で頭を下げてきた。


「協力を要請しておきながら、何度となく、きみに迷惑をかけてしまった。謝っても謝り切れない」

「いえ、シェイラさんが謝ることじゃないですよ」

「いや、部下の不始末は上司の責任だ。せめてもの謝礼に、きみにこの身を捧げよう」

「ちょっ! 鎧を外さないでください! シャツを脱がないでください!」


 相当な責任を感じているのか、シェイラさんがとんでもないことを口走った。


 少しずつあらわになっていく素肌から慌てて視線を逸らし、俺はシェイラさんを必死になだめる。


「フリードがケンカを売ってきたのは、シェイラさんの所為じゃありません!」

「し、しかし……」

「それに、俺は俺でフリードを叩きのめしてしまったんですから、おあいこってことでいいじゃないですか!」


 約一〇分なだめすかし、「きみがそう言ってくれるなら」と、なんとかシェイラさんを落ち着かせることに成功した。


 なんとも心臓に悪い一〇分間だった。




     ○  ○  ○




「魔公討伐の件といい、フリードくんの件といい、きみには世話になってばかりだね」


 俺たちは改めて応接間に戻り、ソファに座っていた。


 変わった点と言えば、フリードがいなくなったことだけだ。


「本来、フリードくんの教育は私の仕事だというのに、シルバくんに助けてもらってしまった」

「俺はフリードをぶん殴っただけですよ?」

「いや。そうでもしないと、フリードくんは自分をかえりみることなどしなかっただろう。過ちを見つめ直す、いいきっかけになったはずだ」


 たしかに、殴り倒されたフリードは、黙って俺の話を聞いていた。


 けど俺は、そんな大それたことをしたつもりはない。


「俺は言いたいことを言っただけですよ」

「相変わらず、きみは謙虚だな」


 シェイラさんが穏やかに目を細める。


「きみがフリードくんに向けた言葉は、私の胸にも響いたよ」


 あまり褒めそやされると、くすぐったい。


 照れ隠しに頬をいていると、シェイラさんは、「ふふっ」とどこか妖艶な笑みを浮かべた。


「いまだに体の芯が火照っているよ。きみのとりこになってしまったからかな?」

「へ?」


 俺はマヌケな声を漏らす。


「どうだろう、シルバくん? 一連の無作法ぶさほうびとして、私をペットにしてくれないだろうか?」

「ごふっ!?」


 シェイラさんの爆弾発言に、俺は思わず咳きこんだ。


「い、いや、恐れ多いといいますか、俺の『使役』は人族相手には使えないといいますか……」

「『使役』などされていなくても、きみに奉仕することはできるだろう?」


 ペロリ、とシェイラさんが唇を舐める。


「『ペット』とは、だよ」


 かすかに覗くピンク色の舌と、シェイラさんのなまめかしい声色に、俺の全身がゾクゾクと粟立あわだった。


「シェイラもペット仲間になるの?」

「私の場合、『ペット』の意味合いが異なるけどね」

「シルバさまにお仕えするという意味ではないのですか?」

「たしかにお仕えはするよ。『主に夜に』ね」

「なんにしろ、大歓迎」

「では、今晩、早速『ご奉仕』させてもらおうかな?」


 三人とシェイラさんが、和気藹々わきあいあいとしゃべり合っている。


 しかし、それぞれの認識には食い違いがあるだろう。


 三人は、『純粋に仲間が増える話』だと思っているが、ニュアンスから考えて、シェイラさんの話は、『俺と不純な関係になる』意味のものだ。


 え? マジで? シェイラさん、俺の『ペット』になるの?


 混乱のあまり言葉を発せずにいると、シェイラさんは、「ふくくっ」と唐突に吹き出した。


「そんなに慌てないでくれ、シルバくん。ジョークだよ、ジョーク」

「そ、そうですか! そうですよね!」

「それとも、期待してくれたのかい?」

「いいいいや、別にそんなことは……」

「ふふっ、シルバくんは可愛いね。ますます気に入ったよ」


 顔を火照らせる俺に、シェイラさんが屈託くったくのない笑みを向ける。


「え? シェイラはペットにならないの?」

「せっかく仲間が増えると思いましたのに」

「むぅ、残念」

「そこまで残念がらせてしまったら申し訳ない気持ちになるね。シルバくん、どうしたらいいだろう?」

「俺に振らないでくださいよ!」


 俺は思わず声を荒らげた。


 シェイラさんの思惑どおり、彼女をペットにするよう、三人がせがんでくる。


 三人にせがまれて慌てふためく俺を、シェイラさんがニコニコと眺めていた。


 王国騎士団の団長は、意外にイタズラ好きのようだった。

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