転生で得たスキルがFランクだったが、前世で助けた動物たちが神獣になって恩返しにきてくれた~もふもふハーレムで成り上がり~

虹元喜多朗

第一章

プロローグ

『厳正なる選考の結果、今回はご希望に添いかねる結果となりましたことをお伝えいたします。


 末筆まっぴつながら、小森銀二こもり ぎんじ様が今後、より一層ご活躍なさることをお祈り申し上げます』




「くそっ!!」


 悪態とともに、俺はお祈りの手紙をグシャグシャに丸め、床に叩き付けた。

 頭をきむしり、肺が空っぽになるほどの溜め息をついて、天をあおぐ。


「……これで何社目だ」


 ついひとりごちた。


 一年間就活したが、いまだに内定をもらえず、俺は無職のままだ。

 目元を覆い、こぼれ落ちそうになる涙をこらえる。


「俺がなにしたっていうんだよ、神さま」


 自分でも驚くほどかすれた声だった。

 精神的に疲弊ひへいして、心が摩耗まもうしているのが手にとるようにわかる。


 それでも俺の胃は、場違いに空腹を訴えてきた。まったくもって面倒なことだ。


 炊事をする気など起きるはずもなく、ジャージ姿のまま財布をポケットに突っ込むと、俺はのろのろとした足取りで、一人暮らしの部屋をあとにした。




     ○  ○  ○




 コンビニで安い弁当を買った俺は、帰路についていた。


 夜の街は街灯や店明かりで照らされ、行き交う人々がぺちゃくちゃとおしゃべりにきょうじている。


 しかし、いまの俺には明るさも騒がしさも遠い出来事に感じ、暗闇のなかをさまよっている錯覚に囚われた。


 自分で言うのもなんだが、悲惨な人生を歩んでいると思う。


 中高大と志望校に落ち、部活では一度もレギュラーに選ばれず、同期で無職なのは、おそらく俺だけだろう。


 笑えなさすぎて、逆に笑えてくるくらいの挫折ざせつっぷりだ。


 死人のように空虚くうきょな目をしているだろう俺に、はたから見たひとは、どんな声をかけるだろうか?


 いつかいいことがあるさ?

 いまはツラくても頑張って?

 諦めたらそこでおしまいだよ?


 素晴らしい。


 なんてまとた正論だろう?

 なんておもりに欠けた綺麗事きれいごとだろう?


 そんなくだらないことをのたまう連中には、是非ぜひとも俺と同じ人生を歩んでほしい。そのうえで、まださっきのセリフを口にできるんなら拍手喝采はくしゅかっさいしてやろう。


 横断歩道で信号待ちしながら、俺は自嘲気味に唇を歪めた。


「なんで生きてるんだろう、俺?」


 何度となく自問しても、いまだに答えが見つからない。

 生きる意味がないならそれでいい。意味さえなければ、諦めることができるから。


 信号が青になった。俺は重い足を踏み出して、横断歩道を渡りはじめる。


 そのときだった。視界のはしに、目がくらみそうな明かりが飛びこんできたのは。


 見ると、ヘッドライトをギラギラと輝かせ、四トントラックが猛スピードで突っ込んでくる。


 暴走トラックを前にしても、不思議と俺の足は動かなかった。命の危機にさらされるなか、俺の頭は冷静に分析をはじめる。


 なぜ俺の足は動かないんだろう?

 恐怖にすくんでいるから?

 それとも、つまらない人生に幕が下ろされるのを、心のどこかで望んでいたから?


 ぼんやりと考える俺の目前にトラックが迫り、そして――




     ○  ○  ○




 目を開けると、真っ白な世界が広がっていた。


 呆然と立ち尽くす俺の前に、この世のものとは思えないほど美しい女性がいる。


 モデルのごとき長身と、母性に満ちた豊満な胸。

 黄金色おうごんいろの瞳と長髪を持つ美女は、古代の賢者が着るような、白い布をまとっていた。たしかトーガと言っただろうか?


「……あなたは?」

「私はディアーネ。創造と生命と成長を司る女神です」


 女神ときたか。まあ、彼女――ディアーネさんの美しさは神々しいとしか言い表せないけどな。


 とにもかくにも、ディアーネさんが女神であってもなんらおかしくないだろう。


 なにしろ、俺はついさっき……


「小森銀二さん。まことに残念なお話ですが、あなたはトラックにかれてお亡くなりになりました」


 そう。俺は死んだ。死後の世界で死者を迎える女性ときたら、女神や天使のたぐいしか思いつかない。


 俺がひとり納得していると、ディアーネさんが眉を『八』の字にして、見ているこっちが心配になるほど悲しげな顔をした。俺の死をいたんでくれているのだろうか?


 俺は、ふぅ、と息をつき、一言。


「そうですか」


 あっさりとした俺の反応に、ディアーネさんが目を丸くした。


「驚かれないのですか? ここを訪れる方は皆さん、ご自分が亡くなったことを認めようとされず、取り乱したものですが」

「あんなドデカいトラックにねられたんですから、むしろ生きてたほうがビックリですよ。それに、なんていうかホッとしたんで」


 ディアーネさんが不可解そうに小首を傾げる。

 女神らしからぬ仕草に、俺はクスリと笑みをこぼした。


「やっと終わったんだ、もう悩まなくていいんだ、俺は解放されたんだ――そんな気持ちのほうが、ずっと大きいんです」


 ディアーネさんが泣きだしそうな顔をする。


 ディアーネさんには申し訳ないが、自分のために悲しんでくれるひとがいるのは、嬉しいもんだな。


「それで、ここは天国なんですかね?」

「いえ、ここは地上と天国の狭間はざまです」


 ディアーネさんの説明に応じるように、真っ白な世界に階段が現れた。


「天国はこの階段の先にあり、天国に上った魂には、ふたつの選択肢が用意されています。新たな生命に生まれ変わるのを待つか、永遠より長く、静寂より安らかな眠りにつくか、です」

「そうですか……だったら、俺は眠りにつこうかな」


 自分の顔がやわらぐのがわかった。


 願ったり叶ったりだ。もう思い悩むのはりだからな。ずっと眠って過ごせるのなら、そんなに素晴らしいことはない。


「ですが、天国に向かわれる前に、私は三つ目の選択肢を提示したいと思います」


 安堵の息をつく俺に、ディアーネさんが真剣な眼差しで切り出した。


「銀二さん。異世界に興味はありませんか?」

「異世界転生ってやつですか?」


 ディアーネさんがうなずく。ラノベとかでテンプレートな設定だけど、実際にあるものなんだな。


「異世界『ミズガルド』――スキルや魔法が存在し、魔王が従えるモンスターがはびこる世界です。世界の敵である魔王を討伐していただくため、私は別世界の人間に、ミズガルドに転生してもらっているのです」


 話を続けながら、ディアーネさんが手のひらを開いた。

 彼女の手のひらには、輝きを放つ、小石ほどの大きさの球体が載っている。


「これは転生に応じていただいた方に贈っている『スキルの種』。この種は、九九.九九パーセントの確率で、所有者の能力に見合うSランクスキルを発現させます。Sランクスキルは、ミズガルドでも一〇〇〇万人にひとりしか保有していない、希有けうな『才能』です」


 いわゆるチートってやつか。こっちも定番の設定だな。


「銀二さん。もし、私の願いを聞いてくださるなら、あなたに『スキルの種』を与えましょう。あなたは、人生をやり直したくはありませんか?」


 人生をやり直す?


 ディアーネさんに問われ、俺は目を見開いた。


 俺が送った人生は、生まれたことを悔やむくらいロクでもないものだった。


 自分にできることをすべてやって、それでもなにも手に入らなかった人生。

 生きる理由を見失うほど、なにもかもが報われなかった挫折人生。


 俺が送った人生が、そんなくそったれなものじゃなかったら、俺はもう少し、幸せに過ごせたんじゃないだろうか?


 俺がディアーネさんの願いに応じれば、高確率でSランクスキルが手に入る。一〇〇〇万人にひとりしか保有していない、希有な才能が。


 希望と願望が湧いてくる。


 チート能力で大活躍する勇者――カッコいいじゃないか。誰にも認められず、なにも残せなかった俺が、掻きむしりたくなるほど望んでいた生き方だ。


 そんな人生が約束されているなら、もう一度、挑んでみてもいいんじゃないか?


 俺はグッと拳を握り、ディアーネさんに答えた。


「わかりました。俺を異世界に転生させてください」




     ○  ○  ○




 俺はミズガルドで、『ブルート王国』の辺境にある『ファルト』という村の、人族ひとぞくの子どもとして転生した。


 シルバと名づけられた俺は、育てられていく過程で、この世界に存在する『王国騎士団』の話を親から聞いた。


 王国騎士団とは、王都『ブルータス』で国王につかえる精鋭軍隊だ。ミズガルドにおけるエリート中のエリートで、入団には最低でもBランクスキルが必要となるらしい。


 モンスターのなかでも強大な、『魔獣まじゅう』や『魔人まじん』から民衆を守る、正義のつるぎ

 人々を助け、国王より報奨ほうしょうたまわり、栄誉と武勇を誇る英雄たち。


 これだ。これこそが俺の望んだ生き方だ。


 王国騎士を目指すと決めた俺は、剣の修行に励んだ。


 魔法の才能に乏しかったため、剣を極めようと思ったんだ。


若干じゃっかん四歳にして木剣を握り、ひたすらに修練を積んだ。ヒマさえあれば剣をとり、何度も何度も反復練習した。


 決して楽ではなかった。ツラくて苦しくて、数えきれないくらい傷付き、数えきれないくらい吐いた。手のひらは血豆だらけだ。


 それでも、努力が報われるとわかっていたから続けられた。むしろ、いくらでもやる気が湧いてきた。


 一〇歳を過ぎる頃には、村の子どもで俺に敵う者はいなくなっていた。六つ年上の相手を手玉にとったこともある。


 王国騎士になると公言したときは呆れられたが、愚直に努力し、成果を出し続ける俺に、村の人々は見る目を変えていった。


 やがて、俺は村一番の期待の星、『ファルトの神童』としょうされるまでになった。


 嬉しかった。

 誇らしかった。

 生きることがこんなに素晴らしいとは思わなかった。


 あのとき、天国への階段を上らなくてよかった。

 ミズガルドに転生してよかった。


 今度こそ、俺は理想の人生を手に入れたんだ。




     ○  ○  ○




 一五歳の誕生日。スキルが発現する朝。


 俺はベッドで身を起こし、左手の甲に浮かんだ、スキルの種類を示す紋章を眺めていた。




 Fランクスキル『使役しえき』。それが、俺に発現したスキル。




 王国騎士団に入るには、最低でもBランクスキルが必要となる。


 俺の夢は閉ざされた。


 俺は、また挫折したんだ。


「……はは」


 不思議と涙は出なかった。乾いた笑みだけがこぼれた。




「なんだ。やっぱり、人生なんてクソくだらねぇ」

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