第18話 新しい領主 その2


「やぁ、グレイ、リズ。久しぶり」


 元勇者のエニスが隣に奥様らしい女性と並んで二人を出迎える。

 

 隣の奥様にも挨拶をするグレイとリズ 。


 エニスは二人にテーブルではなく執務机の前にある立派なソファを勧め、

エニス夫妻もソファに座るや否や、リズ が、


「新しい領主様ってエニスだったの?」


「そうさ。俺たちが来たときはいなかったのかい?」


「グレイと二人で日課になってる森でのランクA討伐をしながらのスキル上げをしてたの」


「相変わらずだなグレイ。だからこその大賢者か」


 エニスが感心した様にグレイに話しかける。

 

 グレイはテーブルに置かれた果実汁を一口飲むと、


「まぁ、これしか取り柄がないからな。それにしてもびっくりしたよ。まさかエニスが辺境領の領主とはな。いや、今は貴族なんだからこんな口調で話かけちゃあいけないのか」


 その言葉に反応したのはエニスの横に座っていたマリア。


「いえ。お気遣いなく。あなた方は魔王を倒した勇者パーティのメンバーのお方。ある意味世界最強の冒険者ですから大抵のことは許されます」


 マリアがそういうと、横からエニスが


「彼女は貴族ながら元騎士でね。それなりに剣がたつ。そうだな冒険者でいえばランクAの実力は間違いなくある」


 お飾りの騎士じゃなくて本物かとグレイは感心して、


「そりゃすごいな」


「本当ね」


 エニスは続けて、


「騎士だったせいもあり、俺と一緒で貴族同士の付き合いってのが苦手でね。今回辺境領の領主が変わるって時に彼女のお父さんに行かせてくれってお願いしたんだよ」


 ソファに座っているエニスは見た感じは貴族としての振る舞いが身についている様に見える。


「そうなんだ。エニスなら国王陛下も知ってるし陛下から見ても安心なんじゃない?」


「リズ の言う通りでね。義父が国王に相談したら即決でOKが出たらしい。おかげでマリアも俺もくだらない王都のパーティに出る必要がなくなって万々歳なんだよ」


 エニスがそういうと横からマリアが、


「一応そういうことになってるんだけど、実はこの人、グレイとリズ に会いたいってずっと言ってたのよ」


 マリアの言葉で場の雰囲気がぐっと和く。エニスが笑いながら


「グレイがエイラートの街に来て大賢者になったって話を聞いたと思ったらリズと一緒になったって話も聞いてさ。こりゃ俺もエイラートに行くしかないなと」


 エニスは貴族になっても全く変わっていなかった。立ち振る舞いこそ貴族らしくはなっているが、明るく、人を引きつける魅力は昔と変わっていない。そして隣に座っているマリアも美人で聡明な感じだ。お似合いの夫婦だなと思って二人を見ていると、エニスがリズに顔を向けて、


「それにしてもリズ 、やったじゃないか」


「でしょ?頑張ったんだから」


 よかったよかったと頷いているエニス。それを見ながらニコニコしているリズ 。


「何の話だよ?」


 エニスとリズ の話についていけないグレイが聞く。


 エニスは隣のマリアに聞かせる様に、


「マリア。このグレイはずっとリズが心を寄せていたのに全く気づかなかった唐変木

なんだよ」


「あらあら」


「俺も、ナイトのクレインも、精霊士のケリーも皆気づいていたのに当人だけ全く気づいてなくってさ、よっぽど俺たちからグレイに言ってやろうか?って何度もリズ に言ったんだけどさ、その度にちゃんと自分の口から言うからダメって断られて、

そのうちに魔王倒してパーティが解散しちまってさ、どうなるかと思ったらグレイの家まで押しかけて一緒になったって言う話を聞いて思わず拍手したよ」


 エニスの向かいに座っているグレイの頭がどんどんと下に垂れていき、


「ま、まぁ、とにかくだ。今は一緒に住んでるからもういいじゃないか」


「普段のグレイは沈着冷静でパーティの参謀として極めて優秀なんだけど戦闘と違って色恋の話になるととたんに鈍くなっちまうんだよな」


「だからもういいだろう?勘弁してくれよ、エニス」


 マリアはエニスとグレイの遣り取りを聞いて声を出して笑い、そしてリズ に、


「でもよかったわね。最後にしっかり捕まえることができて」


「ええ。いろいろあったけど今はこうして一緒になれたから」


 グレイはリズ の言葉を聞きながらリズ が酒場に押しかけてきた日のことを思い出していると、


「ところでグレイ」


 今までの口調ではない真面目な口調になったエニスに顔を向けると、


「今回の人攫いの件は俺もマリアも報告を受けている。全く反吐がでる話だ。ただ、この様な悪事は絶対になくなりはしない。エイラートの様に辺境にある大きな街なら王都と違って尚更そういう事件が起こりやすいと見ている。

 それでだ、今後も辺境領内で何か事件が起こった時にはリズ と二人、力を貸して欲しい」


「それは辺境領主の右腕として手伝えってことだよな?」


「そうだ」


「わかった。協力しよう」


 グレイは即断する。


「頼む」


 付き合いの長いエニスとは阿吽の呼吸で話が通じる関係だ。エニスが以前のエニスと変わってないことが分かった今グレイにはエニスの申し出を断るという選択肢はない。


「まぁ、何も起こらないのが一番いいんだがな」


 グレイが言うと、


「まぁな。とは言えその願望だけで何も備えていないってのはまずいだろ? そう言うことでグレイ、これを持ってくれ」


 そう言ってエニスがテーブルの上に置いたのは1対のオーブ。


「これは…」


 オーブを見て、それからエニスを見ると、


「そうだ。対のオーブだ。1つ持っておいてくれ。もう1つは俺達が持っておく」


 対のオーブとはオーブに魔力を通して遠距離でも即座に連絡が取れるレア中のレアアイテムだ。


 最高位クラスの練金術師がこれまた入手が非常に困難な素材を複数集めてそれで練金してできる確率が1%程度という幻に近いアイテムである。


 グレイもリズ も名前だけは知っていたが実物を見るのはこれが初めてで、


「いいのか?この1つを俺が持っても?」


「お前とリズ だから渡すんだよ。これがあると緊急事態の時にすぐに連絡が取れるだろ?」


「わかった。預かっておこう」


 そう言ってグレイは対のオーブの1つを自分のアイテムボックスに収納した。

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