毒親 628

エリー.ファー

毒親 628

 毒親に番号をつける。

 だからなんだということだが、単純に監視するということらしい。

 あたしの母親は628という番号を付けられた。

 まぁ、分かりやすくあたしのことを虐待していたし当然だと思う。

 政府の人間が余っているわけもないため、番号をつけたからといって別に常時監視するとかGPSを取り付けるとか、定期的に今現在の状況を報告させるとか、そういう義務を与える訳でもない。番号を付けて、何かが起きた時に迅速に対応できるように、とのことだそうだ。

 何もしないよりはましだろうし。

 政府が毒親というものの存在を認め、それについてある程度の理解を示したと言える。

 母親は最初は抵抗していた。まるで囚人のようではないか。自分の子どものことを思っての行動であるし、思考であったにも関わらず、結果がこれではあんまりだ。政府は母親の権利を蔑ろにしている。

 それはそれは思いつく限りのありったけの暴言を誰かれ構わずぶつけた。

 母親は身内には本性を現したが、決して外にはその姿を洩らさなかった。それは本当に、何か全くの別の人格がそこに備わっているとしか思えない程であり、子供のころはそれが本当に怖かった。

 ただ、このように番号が割り当てられることになると、不思議なもので毒親らしい行動はしなくなった。それは、政府のホームページで顔写真まではないものの僅かばかりの個人情報を公開したことにあった。

 政府に生活を脅かされている。

 そんなことをあたしの母親は言ったが、そもそもあたしはあなたに生活を脅かされていたのだから今更何を言うのか、としか思えなかった。

 母親はその番号が付けられるという衝撃に反省を促され、昔ほどはあたしに理不尽を押し付けることはなくなった。というか、単純に喋らなくなったのだ。元気がなくなったと言ってもいい。その点は少し可哀想だった。

 あたしは別に母親のことは嫌いではない。今までどのような経験をして生きてきたのかは知っていたから、そこからある程度は同情していた。心が折れず、いや、折れているのかもしれないが、自殺せずここまで生きてきて、あたしを産んでくれたことには感謝している。

 確かに、母親は分かりやすく虐待をしてきた。

 あたしが誰と仲良くするかを決めてきたし。

 学校に行く服はいつも同じものを渡してきて洗濯はあたしがしていたし。

 食事は作ってくれたけど納得いかない味の時はあたしに八つ当たりをしてきたし。

 鬱病だから気遣えと毎晩マッサージを要求してきたし。

 気をきかせて家事を手伝うと嫌味かと殴ってきたし。

 家から遠いところに遊びに行くと話すと不良になったと叫んで警察に通報したし。

 あたしの布団を包丁で刺して、これが自分の心だと言ってきたし。

 泣きながら今までのことを謝罪してきたし。

 あたしはそのたびに自分の人生を犠牲にしてあたしの母親の母親代わりをしてきた。

 自分でも思う。

 あたしもたぶん、この母親の血が流れていて、そこには自分の考え方をある程度決める要素が組み込まれてしまっているのだ。

 どこかに逃げることはできるだろう。

 けれど。

 どこに逃げたとして、ということなのだ。

 ある日、母親が大声で笑いながら近づいてきて、あたしの前に立った途端、急に怒り始めた。

 あんたを育てるために尽くしてきた時間を返せと叫びだしたのだ。

 こっちが産んでやったのに、なんだこの恥知らず。

 あたしは声が出なかった。

 母親は晴れやかな顔で言った。

「お母さん気づいたの。お母さんの番号は628なんでしょ。てことは、627人も毎日つらい思いを抱えているお母さんがいるんじゃない。お母さんは一人じゃないの、こんなにいっぱいいるお母さんの仲間と一緒にいるの。だから、負けないからね。お母さんは負けないよ。」

 故に毒親。

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