オレの推しがまだ産まれてない!

いぬのいびき

推しはまだ、この世にはいない

「推しのいない人生なんて、生きるに値しないと思わないか?」


「病みすぎだろ。何があった」


「いや……中二の後半あたりから、推しが一人もいなくてな……BL妄想が滾らなさすぎて、人生に意味を見いだせなくなった」


 BLがないと生きていけない腐男子が、推しもいないで生きていけるだろうか。

 それは、否だ。


 けれど、オレにとっての推しはなかなか現れない。

 ちょっとだけ萌えるかなー、みたいな推しっぽいキャラは時たま現れたりはする。

 でも、それだけだ。

 この魂の全てを賭けて萌えられる対象は、もう長らくいない。


「あー……そりゃ枯れたんだよ。蓮の心の奥底にある、大切な大切な何かが」


 同じクラスで同じ腐男子仲間、星野灯夜は心底同情したような声色でオレを哀れんでくる。

 枯れた、だと。

 まだ中三なのに、もう枯れただと?


「枯れてたまるか。今までだったら、アニメ観てりゃ自然と推しもできてたし、何なら推し同士のCPだって……」


「……それが枯れるってことじゃないのか? むしろ萎びてるんだろ、心のチ●コが」


 もう一人のよくつるんでいる友達、雨宮翔太までオレが枯れたのだと言う。

 こいつは別に腐男子ではないけれど、オレたちといるうちに会話が腐に染まった。


 翔太が言うからには、オレの心のチ●コは枯れたり萎びたりしているらしい。


 確かによくよく考えれば最近は、オレの心のチ●コは勃●不全なのかもしれない。

 現実のチ●コは元気いっぱいなのに。


「……それより、早くこれ埋めないとな」


 これ、とは進路調査表のことだ。

 自習になっているこの時間に片付けてしまわないと、放課後に居残って書く羽目になる。


「これ、中三の最初の授業で書かされるとか……春休みボケした中二上がりの俺たちには荷が重いって」


「中二上がりってなんだ。病み上がりみたいに」


「似たようなもんだろ。にしても……将来何したいかなんて何も決まってねーよ」


 翔太は早々に匙を投げた。


「蓮は、将来のこと決まってる?」


「あー。オレはまぁ……保育士になろうと思う。だから韮崎高校あたりに進むつもり」


「へー。蓮、保育士になりたいんだ?」


「まぁ、一応」


「一応ってなんだよ」


「他にやりたいこともないし。保育士なら、子ども好きだしできそうかなって」


 我ながら適当な理由だと思う。


 けれど、今まで15年生きてきて熱中できたことなんてBLだけだし、そもそも頭の中は99パーセントがBLでできてるし、かといってBL関連の仕事をするかと言われてもオレは読み専だし、絵も小説も書けない。


 そんなオレの取り柄といえば、ちょっとだけ子どもが好きなことだ。

 好きとはいっても小さい子どもを見て、かわいいなぁとほんわかする程度である。

 けれど他に取り柄も特技もないので、今のところはなんとなく保育士志望ということにしてある。


「やりたいことがないのは、みんないっしょだよね」


「やりたいことっつーか、ヤりたいことしかねえわ。あーあ、彼女ほしい」


「オレは彼氏ほしいな。つーか、次の推しがオレの彼氏だ。画面から出てきてくれればの話だけど」


「うんうん。そうだね、妄想は大事」


 中二以来の、次の推し。


 いつになれば会えるのか、それはわからない。

 けれど、見つけていないということはきっと。


 推しはまだ、この世に生まれてすらいないのだ。

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