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帰宅ラッシュの時間が過ぎた頃、エトワールの扉には“閉店”のプレートがぶら下がっていた。
「いやあー悪いね。いっつも手伝わせちゃって」
ちっとも悪いなんて思っていなさそうな菜穂の声を気にもせず、真希は一日の勤めを終えた棚を濡れ布巾で綺麗に拭き上げていく。
「いいですよ、全然。花の女子大生は、お掃除が得意です!」
「……よくわからん」
本日の売り上げをノートに書き記している菜穂を横目に、真希は棚拭きを終えて今度は床を箒で掃くと、最後にモップを手に取る。
そのタイミングで菜穂が
「ねえ真希、さっきから気になってたんだけど、そのモップ先端が付いてないけどどうやって使うつもり?」
その問いに、真希は、はて?と首を傾げながら、持っていた物の先端を見つめる。
箒と一緒に用具入れから取り出した時は何とも思わなかったが、それは確かに棒だけで、モップに置いて一番大切な部分が付いていなかった。
「菜穂さん大変です!このモップ、モップなのにモップの部分がありません!これは不良品じゃないですか!?」
「そのモップ、先端が着脱式なんだよ。昨日棗が厨房で牛乳零したの拭いたから、洗ったの。たぶんまだ乾いてないと思うか――」
「じゃあ今日は、雑巾で拭けばいいということですね!」
「え?いや、今日は――」
今日は箒で掃くだけでいいと伝えるつもりだったのに、既に真希は用具入れに向かって駆け出していた。
「あっ、真希ちゃん終わった?俺送って行くけ――」
「すみません!まだです」
一足先に自分の持ち場である厨房の掃除を終えた棗が、菜穂の後ろにあるドアを開けて声をかける。
そんな二人の前を、真希は風のように駆け抜けた。
「……真希ちゃん、何かやらかした?」
それを呆然と見送った棗は、ノートをぱたりと閉じて、カウンターに頬杖をつく菜穂の横に並んで尋ねる。
「別に、やらかしたってほどじゃない。モップにおいて一番大事なモップ部分の存在を忘れて、棒だけで掃除しようとしてたってだけの話」
菜穂が事情を説明している間に、雑巾を手にして戻ってきた真希が再び二人の前を駆け抜ける。
菜穂と棗は同時に首を動かして、それを見送った。
「どう見てもアホキャラだけどさ、あれであの子、お勉強は出来るみたいなんだよね。一体脳みそどうなってんだろ」
心底不思議そうに呟く菜穂に、棗はクスリと笑みを零す。
突然笑った兄を不審がって菜穂が隣を見上げると、棗は一生懸命床を雑巾がけしている真希を見つめながら口を開いた。
「そのギャップがさ、また堪んないよな」
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