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大学からの帰り道、それはいつもの帰宅コースとは違う、ちょっとだけ遠回りの寄り道コース。
人の多い駅前を通り過ぎて更に歩き続けると、やがて立ち並ぶ店も行き交う人もまばらになってきた頃に現れるのが、煉瓦造りの小さなお店。
そのお店の張り出した屋根を見る度に、彼女の頬は緩む。
木製の扉に手をかけると、カランカランと小気味いい音が耳に届いた。
「おー、いらっしゃい」
いつもと変わらない気の抜けた挨拶に迎えられて店内に足を踏み入れると、ふわっと香ばしい香りに包まれた。
ここは、彼女が雨の日に偶然見つけたパン屋。
彼女が見つけたのか、それとも店主が彼女を見つけたのかは微妙なところだが、とにもかくにも、お店の名前はエトワール。
「それにしても、あんたは今やうちの店の一番のお得意様なわけだけど、花の女子大生は他にすることがないわけ?」
そう言ってちょっぴり呆れたように笑うのは、この店で接客を担当している
彼女が来店するまで店内にお客がいなかったのをいいことに、レジカウンターの向こうで椅子に座り込み、組んだ脚の上に堂々と雑誌を広げている。
「花の女子大生だからこそ!パン屋さんに通うんですよ、菜穂さん。だってパン屋さんって、オシャレで可愛いじゃないですか。女子大生は、可愛いものが好きです」
「オシャレで可愛い、ね。あたしにもあったよ。何見ても“かわいいー”って言ってた時代」
彼女がこてっと首を傾げると、菜穂は気するなとばかりに手をひらひらと振った。
「そうだ、菜穂さん。今日のおすすめは何ですか?」
彼女は、ずり落ちてきた眼鏡を指で押し上げながら問いかける。
広げた雑誌に視線を落とそうとしていた菜穂は、その問いに顔を上げて「ああ」と呟いた。
「はいはい、おすすめね。ちょっと待ってな」
広げていた雑誌をレジカウンターに無造作に放り出した菜穂は、椅子から立ち上がって振り返ると、そこにあるドアを押し開ける。
「おーい棗、来てるよ」
ドアの向こうに向かって菜穂が声をかけると、すぐさまバタバタと足音がして、菜穂を押しのけるようにして男が出てきた。
「こんにちは、棗さん」
上下共に白のコックコート姿で現れたのは、菜穂の双子の兄にして、この店の経営者でありパン職人でもある
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