エトワール
まひるの
序章
それは、突然の雨だった。
大学からの帰り道、強まる雨足に堪らず彼女は走り出す。
こんなことになったのはきっと、いつもとは違う道を通って帰ろうなんて気まぐれを起こしたせい。
そうでなければ、こうして雨に濡れながら全力疾走することもなく、今頃無事に家に帰り着いていたはずだ。
『今日のお天気は快晴。気持ちよく晴れ渡った青空が広がり、絶好のお洗濯日和となるでしょう』
時間がある時はいつも見ている朝のニュース番組で、笑顔の素敵なお天気お姉さんがそう言っていたのが、気まぐれを起こすに至った理由というか、原因というか、まあきっかけだ。
そんなに天気がいいのなら、散歩がてらいつもとは違う道を通って帰ってみようなんて思ったのが、間違いだった。
「うう……雨だって知っていたら、ロッカーの置き傘持ってきたのに」
眼鏡が濡れて視界がぼやける中、ひとまず雨宿りできそうな屋根を求めてひたすら走る。
運動はあまり得意ではないうえに、眼鏡が濡れているせいで前がよく見えず、足元がおぼつかない。
それでも何とか走りに走って、ようやく見つけた張り出した屋根の下に、必死の思いで駆け込む。
「雨宿り、する意味なかったかも……」
既にどうしようもないくらいぐっしょりと濡れた服に、思わずため息が零れる。
その時、カランカランと小気味いい音がして、香ばしい香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「そこの君、雨宿りついでによかったら見ていかない?今ならタオルの貸し出しサービスも付いてるよ」
声のした方へ顔を向けてみると、開かれた扉の向こうから、手招きする人影がぼんやりと見えた。
濡れた眼鏡のせいでよく見えないが、声を聞く限りおそらく男性。それも若い。
見ていかないかと声をかけるということは、何かのお店だろうか。
慌てて駆け込んだうえに今は眼鏡が機能していないせいで何のお店かはわからないけれど、タオルの貸し出しサービスという言葉につられてつい足が動く。
導かれるままに扉をくぐると、濡れた体が、温かい空気と美味しそうな香りに包まれた。
「いらっしゃい。ようこそ、“エトワール”へ」
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