第42話 疑念

■桜視点


 昼休みになり、ボクは待ち合わせ場所の体育館裏へと向かう。


 ホントは凛くんと一緒にお昼ご飯食べたかったんだけど、仕方ない。

 ボクは三時間目終了後にお弁当を凛くんに渡してあるし、放課後になったら凛くんに感想聞かないと。


 ボクが待ち合わせ場所に着くと、そこにはボクを呼び出した張本人の二人がいた。


「やあ、北条さん。お昼休みにゴメンね?」

「謝るなら最初から呼び出してほしくないんだけど」


 ボクは目の前で朗らかに笑う男……如月遼に皮肉を込めて言い放った。


「で、ボクに何の用なの? ……って、聞くまでもないか」

「そうだね。もちろん、例の凛太郎の画像のことだよ」

「それで、その画像が何なの? ひょっとしてアレを撮影した陰湿な奴知ってるとか?」


 ボクは試しに、あの画像を撮った犯人についてカマを掛けてみた。

 まあ、ボロを出すなんて期待してないけど。


 そんな簡単な奴だったら、ボクがとっくに見つけて、みんなの前で突き付けてる。

 凛くんを知った日から、これまでの間に。


「いやいや待ってよ。犯人云々より、その前に考えるべきことがあるよ」

「へえ、それって何?」

「決まってるじゃないか、桜さん自身のことだよ!」

「ボクの名前を呼ぶのはやめろ! ボクをそう呼んでいいのは凛くんだけだ!」


 さりげなく名前を呼ばれ、ボクは大声で怒鳴った。

 なのに、この男は全く意に介さない様子で話を続ける。


「ねえ桜さん、本当にいいの? 凛太郎は、桜さんを裏切ったんだよ? 僕も浮気された身だから、桜さんのつらい気持ちも、認めたくないっていう感情も分かる……だから、桜さん自身、前に進もうよ! 僕も、花崎さんも桜さんが立ち直れるように協力する!」

「そ、そうです! あんな男とは別れて、私達と……!」


 なに? この茶番。

 結局この二人は、ボクと凛くんを別れさせて何がしたいの?


 特に一番分からないのが奏音だよ。

 こんなことして、一体奏音に何のメリットがあるの?


 この男のご機嫌取り?

 それとも弱みでも握られてるの?


「はあ……」


 二人に辟易し、思わず溜息が出る。


「……とにかく、ボクは凛くんと別れるつもりはないよ。話はそれだけ?」

「何言ってるんだ! それが一番大事なことじゃないか! 僕は……僕はそんな桜さんが見ていられないんだ! 僕と同じ悲しい思いをさせたくないんだ!」

「そういうの、もういいから。それより、ボクはその画像を撮った犯人が知りたいの」


 この男は熱く語るけど、ボクにとっては耳障りな雑音でしかない。

 だから、あえて犯人についての質問をもう一度投げかけた。


「桜っ! あなたはそれでいいんですか!? 自分の家の玄関で、如月さんのお姉さんと不貞を働くようなそんな男なんですよ!?」

「はあ……だから、放っといてよ。それとも何? ボクが凛くんと一緒だと何か困ることでもあるの?」

「っ!?」


 そう言うと、奏音が息を飲んだ。

 あれ? 奏音ってこんなに分かりやすかったっけ?


「……ふうん、まあいいや。それじゃ、これで話は終わりでいいよね? ボク、もう戻るから。奏音も一緒に戻る?」

「いえ……私は……」


 そう言うと、奏音はどうしていいか分からず、困惑した表情で、如月遼に指示を仰ぐために視線を送る。


「ごめん、僕達はここでまだ用事があるんだ。それより、これからは僕にいつでも相談して! 僕は、ずっと君の味方だから!」


 ボクは如月遼の言葉に一切返事せず、その場を離れた。


 ◇


■凛太郎視点


「もう! ホントムカつく!」


 そう言いながら、桜さんがパフェをほおばる。

 うん、手は休めないんだなあ。


「三年にも君達の画像が出回ってるぞ。私も、知り合いの後輩じゃないかと、友人から見せられたよ。それで、どういうことなんだ?」

「あ、はい……」


 俺はみんなに事情を説明した。

 すると、楓先輩の表情が険しくなった。


「なんだそれは! そもそもその女、何を考えているんだ!」

「ちょ、ちょっと楓さん落ち着いて!」

「大輔さん、で、ですが! そんなの許せません! だってこれでは、ただ凛太郎を陥れるためだけにキスをして、自分も衆目にさらされるんですよ!? あり得ないですよ!」


 おおう、珍しいことに、大輔兄がたしなめても、先輩の怒りが収まらない。


「だ、だけど、どうするの凛太郎?」

「うーん……」


 皐月の問いかけに、俺は腕組みし、思案する。


 とにかく、これを仕組んだ犯人は遼に間違いないだろう。

 分からないのは、その動機。後は、証拠がないことが問題だな。


 何より、楓先輩も言ったが、俺とキスして、しかも大勢にさらされるのに、なんでゆず姉はそこまでして加担するのか、だ。

 いくら弟の頼みだからって、そこまでするか!?


 それに、花崎さんも……。

 ただ、花崎さんの場合は、桜さんのことを心配しているのを、遼に上手いこと利用されてる可能性もある。


「……ダメだ、考えてたら、頭がこんがらがってきた……」

「だったら、一度順序立てて整理したらどうだい?」

「大輔兄、どういうこと?」

「つまりさ、まず凛太郎達はどうしたいんだ?」


 どうしたいって、そんなの……。


「……俺は、今回のことは絶対に許せない。あんな画像をばら撒かれたから、とかじゃなく、桜さんをこんなに不安にさせて、悲しませて……そして、泣かせたんだ! 絶対にただじゃ済まさないっ!」


 俺は拳を強く握りしめ、自分の太ももを思いきり叩いた。


「凛くん……」


 そして桜さんは、その俺の拳にそっと手を乗せると、俺を見つめ、ニコリ、と微笑んだ。


 ああ、そうだ。こんな素敵な笑顔を、アイツの所為で曇らせてたまるか!


 もう、遼は俺の幼馴染でもなんでもない!


 俺の……いや、俺達の敵だ!


「うん……だったら、まずは証拠集めだな」

「証拠集め? いやいや大輔兄、そもそも証拠もないから困ってるんだけど」

「本当にそうか? だって、少なくともお前とその女のキスシーンを撮影した奴がいるんだろ? だったら、近所で目撃してる人もいるんじゃないか?」

「いやまあ、そうだけど……」

「大体、お前の家の周辺は小さな住宅街なんだから、住民じゃない奴がいたら不審に思うし、逆にそう思われない奴だったら、お前の幼馴染で確定だろ」


 うーん、それってどうなんだろう。


 チラリ、と桜さんを見やると、桜さんは口元に手を当て、思案していた。


 そして。


「うん。大輔さんの案でやってみよう。だけど、聞き込みは二人に絞るよ」

「二人? 一人は遼で、もう一人は?」


 皐月が桜さんに尋ねると、複雑な表情を浮かべた。


「……花崎奏音」

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