第26話 冷凍庫の氷 ~自然のものを自然に還す物語

 本日、2020年8月6日の12時前のできごと。

 拙宅のドア横にある冷凍庫内にたまっていた氷を、カレー用のスプーンを使ってすべて取り除いた。


 このワンルームのアパートに来たのが、2016年7月末。

 よくよく数えてみれば、それから4年が経ったことになる。

 冷凍庫は、ウイスキーや焼酎を飲むための氷とアイスクリームを補完するために使っている。あとは、せっかくなのでもらってきた保冷剤を保管している。


 気が付くと、冷凍庫の下、横、そして上に、固体化した水が溜まっていた。

 特に、上側の氷の厚さは、半端ない。このままでは、冷凍庫が使えなくなってしまいかねない。実際、かつて冷蔵庫と冷凍庫が一体の冷蔵庫を使っていた時は、完全に凍ってしまってどうにもならなくなったものだ。今回はさすがに冷蔵庫と冷凍庫が別のものだから、そこまでの心配はないものの、このままじゃいけない。

 思い出してみれば、冷凍庫の氷、この4年間で1度も除去していなかった。

 その結果が、この氷の固まり=塊の大きさにはっきりと表れているわけである。

 

 今日の昼前、酒を飲むとき用の氷とアイスクリームの買い置きを近くのスーパーで買ってきた。いかんせん、アイスクリームを8個も買ったものだから、どうも、入れづらさを感じてしまう。こうなったら、少しでも使える体積を増やさねば。

 買い物に出る前にやっとけばよかった、とは思った。けど、それをいまさら言ってもしょうがないだろう。遅ればせながら、こびりついた氷をとることにした。

 かといって、冷蔵庫ともども電気を切ってしまうわけにもいかない。そんなことをすれば、確かに氷はいずれ解けるかもしれないが、床に水がこぼれて大変なことになってしまい、冷蔵庫自体がいかれてしまう。特に自炊はしないから食糧こそ入っていないとはいえ、冷蔵庫には、飲み物が少なからず入っている。酒飲みの私にしては珍しく、酒が入っていないのは、ある意味「奇跡」のようなものかもしれない。


 それはともあれ、この冷蔵庫、入居時からある設備だから、こちらが勝手に処分するわけにもいかないし、買い替えてくれるにしても、大家や管理会社に迷惑をかけることになるではないか。さすれば、このこびりついた氷、何かで「割る」ように取り除く=取り剥がす。そうせねばなるまい。そこで私は、カレー用のステンレスのスプーンを手に取り、氷を取り除くことにした。

 上のほうは、しかし、よく凍っていて、なかなか取りはがせない。

 そこでやむなく、横からとっていくことにした。

 しばらく冷凍庫の戸を開けていれば、橋のほうは少しばかり解け始めている。しかも、いくらかは隙間もあるようだ。

 そこを狙って、アイスピックで突くようにスプーンをぶちかます。

 ほどなく、ガラスが割れるような音とともに氷が割れ、冷凍庫からはがれ落ちる。下手に触ると手を切りかねないから、気を付けて手に取り、台所の水道へとかわす。

 ひとたびはがれだすと、次々とはがれ始める。

 右側を置くまで取り切ると、今度は左側。こちらも、すんなりと取れる。

 下のほうにも、いくらか、固体化したものが固まっているようだ。

 いったん下に常備されているトレイに買ってきた氷とアイスクリームを冷凍庫外にかわして、スプーン型のナタをふるい、下の氷を軽く仕留める。こちらはすんなりと取れる。先ほどまで商品だった者たちを冷凍庫に戻し、いよいよ、上の大きくなった氷を取りはがしにかかる。ただ「突く」だけでなく、少し剥がすぞという気持ちで、下に向けて手首を利かせる。なんだか、野球のバッティングの奥義みたいなものいいではあるが、いい表現が見つからないので、ここはこの程度で許してください。

 さてさて、さっきから戸を開けていたのである程度先頭部分が解け始めていたのか、今度は、すさまじい音とともに氷が下にはがれ落ちる。

 最大幅10センチ近くまである巨大氷片を気を付けて手に取り、水道に置く。

 こうなると、奥の氷もスプーンの一撃で、すんなりと剥がれ落ちた。

 そちらも、容赦なく水道行き。

 あとは下に落ちていたかけらを手でさらい取り、こちらも水道へ。

 かくして、冷凍庫のこの4年間の「水垢」よろしき氷をすべて処分できた。

 これで、商品だった氷とアイスクリームを、きれいに冷凍庫に保管できた。


 それにしても、巨大な氷片たちだ。

 放っておけば、そのうちに水になって流れていくことだろう。今は春じゃなくて夏だから、あの歌の雪よりは早いはずだ。

 だが、それも面白くない。

 上から、洗っていないグラスなどを洗いつつ、水道水を氷片どもにぶっかけることにしよう。一番でかい氷片、冷凍庫の上にへばりついていただけあって、へばりついていた側はきれいな板状態。凍りかけだったその反対側は、ごつごつとしている。

 きれいな側を上にして、水道水をぶっかける。

 水道水の勢いと温度差が、氷に穴をあける。でかかった氷片は分裂し、溶けて小さくなっていく。ある程度小さくなったところで、すべてまとめて水道の排水溝にぶち込んだ。すべての氷片が、きれいに排水溝に入った。シンクの下で氷片は氷解。

 あれから3時間ほどたった今、あの氷片はおそらく下水道のどこかを流れているはず。そのうち処理場に到達し、浄化されて、自然へと帰っていくのは時間の問題。


 これで、わが居所にあるモノの総重量が少し減った。

 しかし、重さでこそ少しであるものの、厄介なものが減ったことには違いない。


 水は本来、自然のもの。人間が取り込むようなものじゃない。

 自然から預かったものは、自然に返していけばいい。

 これで、いいのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る