第8話 小窓食堂車の想い出
1990年1月初旬。当時私は大学生で、ちょうど20歳。成人式のある前の週でした。何かの折で東京に出かけたその帰り、東京18時前後発の0系新幹線「ひかり」某号に乗りました。もちろん、自由席でした。食堂車に直行して、大いに飲んで、食べるためです。ちょうど夕食時で、少し並びはしましたが、何とか席にありつけました。こういう時の通例として、もちろん、相席でした。
食堂車に行って、懐具合を心配しつつ、たしか、カキフライとビールを注文しました。当時のカキフライ(単品)は、8個ほど入っていて、1000円前後。まあ、居酒屋並の単価でした(2人前という気もするが…苦笑)。食堂車の料理というのは、高くてまずいという声が昔から結構ありましたよね。でも、新幹線の100系2階建て食堂車がなくなるまで、その前も後も、何度となく利用しましたが、私に言わせれば、そのあたりの外食店とそう変わるものでもなかったと思います。何より、列車内でそれなり以上食事がいただけるということが、実に、ありがたいことでした。
さて、ビールを飲みつつカキフライをつまみます。こういう時のビールって、美味いんですよ。気分よくビールを飲んでおりました。確か2、3本飲みました。
夕食時です。その日の食堂車も、いつものように満員でした。入れ替わり立ち代わり、食事客がやってきては去っていきます。ウエイトレスが、ひっきりなしに厨房と客席を往復しています。
0系の食堂車(35型)は、通路側から富士山が見えるように、このころすでにガラス窓をつける改造が施されていました。しかし、冬のこの時間、富士山はもう見えません。私の席は2人席でして、目の前には、60代前後の、スーツ姿の年配の男性がいらっしゃいました。眼鏡をかけ、いかにも温厚そうなおじさんでした。特に会話をするでもなく、見ず知らずのおじさんと20歳になったばかりの大学生が、向かい合って、食事をとっていました。私から見て席の斜め前の4人席にも、4人組のおじさんたちが食事をとっていらっしゃいました。おそらく、一杯飲まれていたのでしょう。私のように一人ならまだしも、人と一緒であれば、話も弾もうというもの。それは別に、悪いことじゃない。しかし、おじさんたちの声が、やや大きくなって、周囲に迷惑がかかるような状況になりつつあったようです。私は、ビールを2本ばかり飲んでおりまして、気分がよかったので、そんなこと、特に気にしていなかったのですけど・・・・・
目の前の男性が、突如、おじさんたちに向かって、何やら言い始めましてね。
「ちょっと皆さん宜しいですか。御存じの通り、ここは食堂車でして、公共の場です。後ろからこうして拝見しておりますと、みなさん、紳士でいらっしゃるようですから、どうぞ、もう少しお静かに願えませんでしょうか?」
と、それは丁寧に、しかし毅然と、注意されました。
おじさんたちも、恐縮して、男性に一礼し、その後は幾分、声の音量を落として会話をされていました。目の前の男性は、おじさんたちを注意された後、目の前の私に軽く一礼されました。私も、軽く会釈をお返ししました。ふと見ると、その男性は、北陸本線の武生か鯖江までの乗車券を持たれていました。おそらく、名古屋で降りて、「しらさぎ」でその日のうちにか、翌日にはお帰りになられたのでしょう。
その時、少し窓側に目をやりました。そこで私は、気づきました。その食堂車の窓は、小窓だったのです。新幹線の小窓の食堂車はわずか3両ほどでした(35型1000番台)。
まさに、大型のガラス窓が開発される以前の戦前の客車と同じような、小窓でした。そういえば中2の6月ごろのある日曜日、当時のO鉄道管理局の職員だったある人たちに呼ばれて(ある鉄道雑誌を読ませてもらうため)、「局」の2階にあった営業部に行ったとき、小雨の降る中、この「小窓食堂車」の編成が東京からやってきたのを見たことがありました。かねて昔の国鉄の車両に興味を持ち、その手の写真集や本を読みあさっていたほどの私が、そのことに気づかぬはずがありません(でなければ、小学生で大学の鉄道研究会から「スカウト」などされようもなかったでしょう)。戦前の洋食堂車にでもいるようで、なんだか、得した気分になりました。
そのあと、大して金もなかっただろうに、何を思ってかこの生意気な若造学生である私は、国産ウイスキーを一杯頼み(確か600円でした)、水割りで飲みつつ、名古屋を過ぎたあたりまで、食堂車で気分よく飲み、食べていました。
当時私たちがコンパで飲むものは、一次会ではビール、二次会では、ウイスキーかブランデー。日本酒はなぜかあまり飲む機会がなく、あまり得意ではありませんでした。ですからこういうところでも、飲むと言えばまずビール。それからあとは、高いけど(苦笑)、ウイスキー。さすがに生意気な若造とはいえ、高価な輸入物(今でこそ相当安くなりましたが)を飲むほどの甲斐性も根性もありませんでした。
会計を済ませたあとは、ようやく自由席に行き、岡山までの時間を過ごして帰りました。会計は確か、3500円だったと思います。大学生にしては、大散財です。でも決して、無駄だったとは思いません。成人式? そんなもの、出ていません。まあ、当時の大学生なら、そんなものでしょ。しかし私にとっては、この食堂車での出来事が、実は、私にとっての成人式のようなものだったのだと、今も思っております。
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