第6話 カードゲーム

  某県の学習塾・個人指導ブースにて


   1

 「カードゲーム、休憩がてらにしてもいいですか?」


 この日初めて教えた、中3の男子生徒が言う。

 面白そうだからぜひやって見せてくれと、彼に言った。かくいう私は、テレビゲームもカードゲームもしない。若い頃には、トランプとか花札とか、あと、UNOとか何とかいうカードを使ったゲームをしたことはあるが、その中でも、花札だけは、それを使ってどんなゲームをしたのかも、はっきり言って記憶にない。なんだか博打というか、ギャンブルにつながりそうな雰囲気を感じたからだろう。

 ギャンブルに生理的な嫌悪感を持っているとまで言うつもりはない。

 現に若い頃は、パチンコには何度となく行った。18歳未満遊戯禁止となっているのだが、最初にパチンコ台を打ったのは16歳のときだった。500円賭けて、6300円儲けた。店員の奴ら、こういうときに限って、声をかけてくるもの。あんた何歳やと、ガラの悪そうなオッサン店員に言われたものだから、19歳やと答えておいた。当時から老け顔で、大学生に30代と言われたほどの私だから、何とか助かった。オッサンの追及をさらりと交わし、景品交換所で、謎のメダルを現金に換金した。それで、英語の問題集を1冊買った。

 博打というかギャンブルというか、その手のものは何もパチンコだけじゃない。競馬、競輪、競艇、オートレース、いわゆる公営ギャンブルと言われるシロモノが多々あるが、私は、それらで賭けたこともなければ、見物に行ったこともない。児島ボートの近くの散髪屋に、電車に乗って毎月1~2回のペースで30年近く通っているが、賭けた=舟券を買ったことがないばかりか、児島ボートの建物内には、一度も入ったこともない。

 ただ、この手のギャンブルは、きょうび、売上が相当落ちているらしい。児島ボートのある岡山県倉敷市は、住民税が近隣の市町村より幾分安いと言われていた。それは石油化学コンビナートによる企業からの法人税で潤っていることが主要因だろうが、それより、ボートのおかげと言った方が話も分かりやすく(面白おかしく?)なるから、そういう言い方がまことしやかに言われていたというのが、実際のところなのかもしれない。


 彼は、アニメのキャラクターのようなものが描かれているカードの入ったケースを カバンから取出し、トランプを混ぜるように「繰り」始めた。

 はてはて、いったいこれ、何なのだろうか?

 「これ、一人でもできますから」

 彼は言う。そんなゲーム自体を見たことのない私に、対戦相手など無理だからね。

 「ほう、そうかな。じゃあ、やって見せてくれるかな」

 「いいとも!」なんて気の利いたことを、彼は言わなかった。それもそのはず、彼は2019年で中3。大体、今年で50歳の私が中3の頃に流行り始めた言葉だからね。


   2

 件の男子生徒、早速、謎のカードを繰っては、机の上に並べる。

 横に並べたかと思えば、あるカードを取って別の場所にあるカードに重ね、そうかと思えば、繰った先から補充したカードを机に乗せる。そしてまた、そこに出ているカートを別の場所に置き、さらにまた、繰った先のカードを1枚取出す。そのカードは、横に並べられたカードの横に置かれ、そしてまた、別のカードを取って、さっき乗せたカードのある場所に重ねる。そんなことを、彼はひたすら繰り返す。そのカードゲームのルールも何も、私にはわからない。ただただ、彼の動きを見ているだけだ。

 繰って終わったカードの束を握りしめたまま、彼は、言う。

 「いやあ、このまとまり、結構強いですよ」

 はあ? 何が強いのか、弱いのか、そんなもの、さっぱりわからんぞ、こっちは。

 「そうそう、このカード、2000円で買いました」

 とあるカードを私に見せ、彼は、少しばかり誇らしげに言った。もちろん、全部が全部そんな金額で売られているわけでもないが、中には、そういうカードもあるとか。なぜかは、私にも想像がつく。対戦するためのカードとして、かなり強いキャラクターで、それがあるのとないのとでは「勝敗」に大きく影響するほどのものだからであろう。

 彼は、不思議な形にカードを並べ始めた。真ん中に1間のカードを置き、そこに、五角形になるような形で食ったカードを順に並べていく。そこからとあるカードを取り、別の場所に置く。その後また、繰ったカードから補充する・・・。

 そんな作業を、彼は、うれしそうにするでもなく、悔しそうにするでもなく、かといってポーカーフェイスという言葉が似合うようでもなく、たんたんと、カードを繰っては机に置き、あるカードを移動させては、また補充する。ほどほどに展開したら、机上から全部撤収して、また、繰る。彼のカードを繰る手つきは、いかにもポーカー店の店員がカードを繰る「プロ」のような慣れた手つきには程遠い。そうかと言って、慣れない手つきというわけでもない。私が中学生の頃、トランプをしていたときとそう変わらないほどの、ごくごく普通程度の「力量」とでも言うべきか。


   3

 彼は、中学に入る頃まで将棋をしていたが、中学に入った段階で、いろいろあってやめたそうだ。碁にも興味があると言う。私は、碁なんて、五目並べぐらいしかできないよ。将棋なんて、駒の動かし方ぐらいはわかるが、そもそも、勝てたためしがない。オセロなら、できないこともないが、お世辞にも強いほうだとは思わない。ただ、たまに携帯についているゲームにオセロとほぼ同じルールのものがあって、それをすることは時々ある。とはいえ私は、あまりゲームというものをしたいとは、思えないのだ。

 わざわざ、ゲームで時間を取られたくないという思いがあるからね。

 そんな私が、マージャンなんて、やるわけもないでしょう。「徹マン」なんて言葉があるぐらいで、やりだしたら、何時間でもやれるっていうからね。そんなわけで、実際やったこともないし、ルールさえ、わからないときております。

 ただ、いろいろな人の話によれば、マージャンというゲーム、やっていると、その人の性格というか、人となりが大きく出てくるものだ、とのこと。


 「実はこのカードゲーム、大会がありましてね、3000円の参加費を払ったら参加できますが、優勝したら、50万円ですよ。ただし、50万円相当のカードですけど」

 ほう、そんな大会があるのか。話はそこから、「賭け」のあるゲームの話になった。

 「このカードゲームで、「賭け」をしている人はいるのか?」

 「陰でしている人は、いるみたいですね。ところで先生、将棋には、賭け将棋ってものがありますよね」

 ふと、坂田三吉という人を思い出した。けど、これは言わないでおこう。

 「あるよ。碁もあるし、マージャンなんかは、結構ある。もう亡くなられたけど、私の先輩で、本屋をしていた人がいて、その人、賭けマージャンをやって本屋をつぶしたみたいや。その人以外の人から聞いたから、どこまで本当かはわからん。ただ、基本的に金を賭けてそういうゲームをやったら、犯罪になるからね」

 しかしこのカードゲーム、21世紀になってすぐ、私が30代前半の頃にできたらしいが、この20年弱で、急速に発展してきたという。カードをよく見ていると、いかにもインターネットの時代を象徴する言葉を使ったキャラクターもあるではないか。

 「 ~ なう」。

 どうせなら、「 ~ 自演乙」なんてものも、あったら面白いのにね。

 それはともあれ、この手のゲームの常として、賭けの道具にされる余地はあるのだが、旧来からの将棋、碁、マージャン、トランプ、花札・・・などのように、多くの人間が受入れて興じるゲームという要素は、どうも薄そうだ。それこそマージャンのように、おおっぴらに賭けの道具にされる可能性は、正直低いと思う。「酒は飲む、煙草は吸う」だったあのオッサンが、このカードゲームで「賭け」をしている姿なんて、想像もつかないよ。

 だが、現金をかけた以上、厳密には「犯罪」となる。そういうこともあって、優勝商品が、このゲームで使えるカードというわけかな。でもさぁ、優勝者に「50万円相当のカード」と言えば聞こえはすごいが、原価を考えたら合計千円にもなりそうにないものを、よくもまあ、そんなふうに言えるなと、感心するやら呆れるやら。まあ、ええけど。

 「トランプ、花札、それから、UNOとかいうカードゲーム。いろいろあるけど、その気になれば、「賭け」の対象になるわな。トランプなら、それこそポーカーゲームなんて、賭けの象徴みたいに言われているからねぇ・・・」

 「トランプや花札はわかりますけど、UNOってなんです?」

 え、知らないのか、この少年・・・。ちょっとばかり、意外だ。

 「あまり覚えてないが、とにかく、数字が書かれたカードゲームや。高校生の頃何度かやったことがあるけど、確か、2の数字が一番強かったような・・・、御免、それは、大富豪だったな。要は、金のない奴が一番強い、みたいな感じかな? 」

 彼は話しながらも、淡々と、カードを繰って机に並べては移動させ、また取り出しては移動させ、頃合いを見て机の上からすべてのカードを「撤去」して、慣れたとも慣れぬとも言えぬ手つきでカードを繰る。彼の持っているカードはすべて「スリーブ」、つまり、カードを保護するビニールに入れられている。裏は共通の柄になっているカードがほとんどなのだが、よく見ると、表裏ともキャラクターの絵柄が描かれているものもある。

 このカードゲームの世界観、素人の私には、つかみどころがない。彼の話では、とあるエンブレムがカードの上や、上下についているもの、あるいは、「REGEND」と書かれたエンブレムがついているものは、「強い」カードなのだそうな。


  4

 「このゲームは、強いカードを持っていないと勝てないものなのか?」

 「そうです。確かに、大会で勝つには技術も必要です。あと、運だってありますよ」

 「じゃあ、弱者が強者を倒す、みたいなこともあるのかい?」

 「それはまずないです。強いカードをそろえて、なおかつ、技術がないと、上位にはいくことはできません。しかも、8ゲームやって7ゲーム勝たないと、予選を突破できないのですよ。結構、きついです」

 「1ゲームしか、負けられないのかな・・・。そりゃ、きついな」

 プロ野球の日本シリーズだって、3つは負けられるのに・・・。

 公式戦で50試合以上負けたって十分優勝できるし、日本シリーズにだって出られる。最後は、日本シリーズで負け3つ以内に抑えたら、日本一じゃないかよ。


 このカードゲームの世界、彼の話では、一見、相撲や野球のような「番狂わせ」はほとんどないような話しぶりではあるけれど、本当に強い「選手」の間では、やはり、「番狂わせ」などは、状況いかんでは幾度とあるようには思うのは、私だけだろうか。

 「見ていて、面白いですか?」

 彼の質問に、私は、こう答えた。

 「面白いという言葉が妥当かどうかはともあれ、興味深いものは感じるね。そうそう、君がこうして一人で、このカードゲームをしているのを見ただけで、2時間もあれば、原稿用紙で20枚ほどの短編小説、書けるよ、私なら」

彼は、その言葉に一瞬びっくりしたが、程なく、言葉を返してきた。

 「中学生のガキが、わけのわからないカードを使ってゲームをやっていた、って、書かれるわけですね」

 端的に言えといわれりゃ、確かにそうではあるがね・・・。

 「うーん、それは、当たらずといえども遠からず、ってところだな。もちろん、それだけでは、小説にならんさ。いろいろ味付けもしないといけないからね。でも、その カードゲームのことがわからなくても、十分、書けるよ」


 いくら賢い少年だと言ってみたところで、まだ中3生。

 彼には、そのあたりのことはまだ肌身でできる段階にないのかもしれない。

 このゲームだけでなく、人生のいろいろなことについても・・・。

                 (終・2019・10・17筆)

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