プロローグ「地平の華」
……。
……花だ。
雲一つない透き通った青い空。
辺り一面、紅紫を彩す華の群生の中。
花の平原と言うべきだろうか、どこまでも広がる平原は、耳鳴りがするほどの静けさで、風の音さえもなく、雲一つない透き通った青い空を見上げ思った。
“天国”はたまた“地獄”か、こんなに静かななら、死ぬのも悪くないと……。
瞼を閉じろうとする。
“———鬼憑き”
静寂の中に声がする。聞き覚えのあるような無いような、何故だろう……思い出せない。
透き通った女性の声。
とっさに後ろを振り返ったが、誰もいない。四方をまるで母親とはぐれた迷子の子供のように、キョロキョロと見回す。
しかし誰もいない、声だけが聞こえてくる。
“———哀れな棄て仔”
さっきの透き通った女性の声が聞こえてくるのだ。
“———生きるんだ! お前はここで死んではいけない!!”
「……君は誰」
その時、花吹雪が舞う突然の出来事が襲い、とっさに目を瞑る。
さっきまでの静寂さが突風によってかき消され、真っ青な空を紅紫の花弁が勢いよく舞い空に色を装飾していく。
恐怖したのか、それとも拒絶したのか。“子供”は頭を抱え蹲り体を震えさせる。
「ごめんなさい……」と「ごめんなさい……」と
“何か”に怯えながら謝り続けていた……
その時だ……!!
強い口調で話す声がする。
“———手を伸ばせ!!”
先ほどまで、雲一つない青空に陽のような強い光が、目を差した。
眩しくて、眉間の辺りがこそばゆい。
———早く!
彼は言われるがまま、歌のように右手のひらを光に伸ばした。
すると、光りの中から誰とも知れず、人の手が現れ、彼の手首に手をかける。
まるで崖から落ちそうになっている人間を必死に引き上げる救助隊員もこのような感じだ。
———がんばるのだ!
晋也は、我に返ったかのように引き上げる手の存在が気になり、手を目で追ったが、顔は陰になってハッキリと見えなかった。
名前を呼ばれたのは、いつ以来だろうか。僕にも、名前はあるんだ。
“妖魔”なんかじゃない、“鬼”なんかじゃない。
強い光のせいだろうか、それとも死ぬことが出来なかった悔しさだろうか、晋也の眼から水滴が零れる。
———“鬼”にも涙を流すことぐらいあるんじゃな
声は、クスッと笑い呟いた。
手は晋也の手首を思いっ切り引き上げ、晋也は、光の中へ、何かに抱き抱えられるようにと消えてゆく。
このまま抱きかかえられていたいという感覚が晋也を安心させる。
僕は…。
僕は…。
彼は、夢から覚める。
いつもより、長い夢から、覚めるのだった。
鬼と霊狐と紫雲英の花 國塚 凌之介 @shimazu45
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