第6話(7/9)

「よーし、気を付けて行ってこーい」

 担任の土橋先生から懐中電灯を一つ受け取って、スタート地点に赴く。律儀に三角コーンに『スタート』と張り紙がされていた。


「いくぜタルタルソース!」

「やめぃその変なあだ名」

 懐中電灯を持った木苺さんと、タルタルソースこと小樽透が意気揚々と先頭を行く。グループの中でも接点がない二人だけど、意外と仲良くなっていた。


 アスファルト舗装された細い道を歩く。周囲は木々に囲まれておどろおどろしい。待機場所から離れて静かにそして暗くなるにつれ雰囲気が出てきた。上下長袖のジャージでさっきまで暑いくらいだったのに、心なしか肌寒く感じてくる。怖くはなく、程よい緊張感だった。

 そう、決して怖くはない。断じて怖くなんてない。


「あ、あの……春樹さん……」

 身を強張らせながら隣を歩く悠里が、河童の話をする時のように小声で話し掛けてきた。


「ん?」

「あの、その……」

 俺に近い方にある右手を掲げるか掲げないのか、微妙な空間に浮遊させ、口をもごもごさせる。彼女が何を求めているか、なんとなく察しはついた。ただ俺だって慣れていない。悠里からの言葉を待つしかなかった。


「えっと、その、て、ててて――」


「――悠里ちゃん。手繋いでもいい?」

 口調は疑問形だったけど、悠里の返事を聞くより早く、香椎さんがその手をさらった。


「え? あ、はい……!」

「ごめんね。私怖くて……」

「い、いえ全然! むしろ私も怖いのでお願いします! あ、手汗すごいですよねごめんなさい!」

 悠里はあたふたと握った手をぶんぶん回す。

 それを笑いながら見つめる香椎さんが、ほんのわずかな瞬間、俺の目に視線をやった。


 ……もしかして今、邪魔された?


 俺の思い上がりでなければ、たぶん悠里は俺の手を取ろうとしていたように思える。

 今の香椎さんの行動はどこか不自然というか、強引だった。

 一体何の意図があってそんなことをした……?


 ふと昨夜の水内の言葉が頭をよぎる。


『案外、矢蒔に気が合ったりして』


 ……いやいやまさか。これこそ思い上がりってやつだろう。


 元より香椎さんも怖がっていたし、たまたまタイミングが重なったと考える方が妥当か。


 恐怖だけじゃない緊張感に身を固くした悠里を後ろから見ながら、俺は森の中を進んだのだった。

 予想通り大した仕掛けはなく、不自然な物音があったり木に吊るされた等身大の人形があったりするくらいで、肝が試されることなく時間は過ぎていった。

 もっとも悠里と香椎さんは都度「ひぃ!」だとか「きゃぁ!」だとか言って、時には抱き合い満喫していたけれど。


 せいぜいビックリしたのは急に目の前を黒猫が横切った時くらいか。黒猫というのは、幽霊の類とはまた別の怖さがある。


「ってか結構長いな」

「普通に歩いたら十五分くらいのコースだって先生言ってたよ」

 木苺さんが答える。辺りはすっかり暗く、彼女の持つ懐中電灯だけが頼りになっていたので、さっきよりも俺達の距離はぐっと近くなっていた。香椎さんは空いた右手の方を彼女の肩に置いている。


「も、もう十五分くらい経ったと思うんですけど……」

 暗くて顔色は分からないけど、まず良くないことが窺える声色で悠里が言った。


「普通に歩いたら、だからな。恐る恐る歩いていたら、倍はかかるかもしれない」

「まだ半分もあるってことですか!? 嫌です無理です急ぎましょう!」

 と言って悠里と香椎さんが木苺さんを押して歩みを早める。ペースを上げるのは俺も賛成だった。幽霊より、後ろに追いつかれて気まずくなるのが怖い。


 その時、


「おーい!!」


 と、後ろから叫ぶ男の声が聞こえてきた。悠里と香椎さんは思わずびくりと身体を震わせる。

 振り返ると、声の主は国語の先生だった。


「どうしたんですか?」

「肝試しは中止だ。今すぐ戻りなさい」

 極めて焦った様子で先生は言った。

 肝試しは中止、その言葉を聞いた悠里の身体が弛緩するのが暗闇でも見えたけど、俺はむしろ緊張を感じた。


「一体何があったんですか?」

 単なる中止じゃなく、先生が出向いてまでそれを伝えにくる。何か事件が起きた気がしてならなかった。


 俺が訊ねると、先生は頭を掻いて話すべきか逡巡したのち、重々しい口調で言った。




「……お前らのクラスに、橘って女子がいるだろ。あいつが行方不明になったらしい」

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