アタック・オブ・ザ・キラー・ダイコン
武州人也
殺人ダイコンが人を襲う!
事件は、東京都西部のとある市街地で起こった。頭のない変死体が、一週間に三つも見つかったのである。
頭部はまるで獣に食われたかのようであった。しかし、その市街地で熊が出たという報告は全くない。そもそもその土地は典型的な近郊型住宅街で、熊など出ようはずもなかった。
三人は会社員の三十代男性、パートタイマーの四十代女性、予備校通いの浪人生であり、特に三人に繋がりはなかった。ただ、奇妙な共通点として、三人が倒れていた場所の近くにはいずれもダイコン畑があったことと、被害者の首周りにダイコンの細胞が付着していたことが調べにより分かった。
だが、そのようなものは何の手がかりにもならなかった。せいぜい、大根おろしを食べた後に亡くなったのだろうか……という想像を、捜査に当たった刑事にさせたぐらいなものである。
この事件は、獣害事件として片付けられて終わる……そのはずであった。その後、この件は意外な展開を見せることとなる。
事件を担当した刑事、
彼が段ボールの封を開けると、そこには白いダイコンがぎっしりと詰まっていた。
「今年はいつにも増して多いなぁ……」
とは、時雨の率直な感想である。これだけ多いと処理に困りそうだ。
そのようなことを考えながら、テレビのリモコンを探そうとテーブルの方に視線を移そうとした、その時。
一本のダイコンの白い表面から、鋭く尖った牙が生えた。
「うわ! 何だこいつは!」
時雨の驚愕は無理もない。だが、それで終わりではなかった。
牙の生えたダイコンは、時雨の鼻っ面に向かって飛び跳ね、噛みついてきたのだ。
「やめろ! やめろ!」
時雨はダイコンを掴んで引き剥がそうとしたが、牙が食い込んでいて取れない。引き剥がすのを諦めてダイコンを拳で思い切り殴りつけたが、それでも離してくれない。
鼻が痛い。血も流れてきた。何か……どうにかできないものか……そう思っていると、テーブルの上の果物ナイフが目に入った。リンゴの皮むきに使った物だ。
「このっ!」
時雨はナイフを引っ掴むと、思い切りダイコンに向かって突き刺した。立て続けに二度三度、飛び散った水分で拳を濡らしながらナイフを刺すと、ようやくダイコンは鼻を噛むのをやめ、床にぼとりと落ちた。
床に落ちたダイコンは、白い泡を吹きながら、溶けてなくなってしまった。
「何だったんだ今の……」
人を襲うダイコン。刑事の頭の中には、何かが引っ掛かった。何処かで聞いたような……
「あっ……ダイコン!」
そうだ。確か、この間の首なし死体の事件、被害者は皆ダイコン畑の近くで発見されていた。そして、首の周りには、ダイコンの細胞が見つかったのではなかったか……
「被害者たちは、ダイコンに襲われたんだ!」
時雨がその可能性に思い至るまでに、そう時間はかからなかった。
その時、台所で悲鳴が上がった。妻の声だ。
「まさか、ダイコンか!」
台所へ駆け寄ると、妻は鼻っ面に噛みついたダイコンに、包丁を何度も突き刺していた。やがて、ダイコンが床に落ちると、それは泡になって消えていった。
「
「貴方もその鼻の傷……」
妻――名前を雪という――も、夫の身に起こったことを理解した。
送られたダイコンは、全て処分してしまった。実家にも文句を言ったが、時雨の父母は知らないの一点張りであった。
時雨は捜査一課で、このことを主張した。溶けたダイコンが残した水分を採取したものも鑑定に回した。だが、
「ダイコンに含まれる水分がどうかしたのか」
と、誰も真面目に取り合おうとはしなかった。ダイコンに襲われた、などという珍奇な話を、どうしてまともに信じられようか。返ってくる言葉といえば、
「そんなことあるわけないだろう。映画の見過ぎじゃないのか」
「お前、少し疲れてるんだろ」
といったようなものばかりである。それでも尚、彼は強弁を続けた。その結果、彼が賜ったのは、謹慎二週間という処分であった。
謹慎中、彼はずっと、ダイコンに襲われたあの時のことを思い返していた。思い出せば思い出すほど、あれは夢でも幻でもない、という思いがより一層強くなる。
――どうすれば、信じてもらえるのだろうか。
考えても、答えは出ない。
職場に復帰しても、彼の居場所はもうなかった。皆、時雨を憐れなものを見るような目で見てくる。時雨は自分の言うことが信じてもらえなかったことも悲しんだが、そうした憐れみを向けられることもまた悲しかった。
時雨の職場復帰から一週間が経った。その間に、事件は恐ろしいまでに広がりを見せていた。
今度は静岡で、頭のない変死体が四体発見されたのである。さらに他の地方でも同様の事件が次々と起こった。もう、これはただの獣害ではない。そう判断せざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます