第21話 君はまるで月をねだる猫のよう
「せんぱい–––その、ちゃんと–––きもちよかったですか–––?」
ここちよい温もりが掛け布団のなかいっぱいに広がっていて、窓の外に見える夜空をぼんやりと見やっていると、こそばゆい吐息を鳩尾のあたりにかけながら高島かえでが聞いてきた。
目線を下げるとどこかしら不安気な様子でこちらを見つめる、かわいい後輩と目が合った。
「っ…どうして笑うんですか。一度ヤッちゃえばもうよゆーってことですか?」
かわいいな、と思っていただけなんだが、誤解がひどい。あまりにも幸せな体験–––この世に、こんなにも気持ちの良いことがあったとは。愛を知るとはこういうものか–––だったもので気持ちの整理が今ひとつついていないせいもある。
「!」
正直なところを伝えると、高島かえでは顔を真っ赤にして俯いた。
ああ、僕は人の気持ちを気遣えないくらい余裕がなくなっているようだ。仕方ないので、小刻みに震えるショートヘアをゆっくりと何度か撫でる。
これだけでも、先程の余韻と相まって筆舌に尽くし難い気持ちが沸き起こる。良いのだろうか、こんなに幸せを受けとめてしまっても。
世の中はバランス良くできているという話がある。これと釣り合うほどの不幸では、車にでも轢かれなければいけないのではないだろうか。
「せんぱいのばか…。そんなのいやですよ。そんなの–––いやです。いつまでも私といっしょにいてください」
最低の例え話をした。
もうだめだ。ポンコツが過ぎる。
「–––んっ」
余計なことを喋るのはやめて、この温もりを強く感じることにした。
頭から手をゆっくりと滑らせ、美しかった背中を撫でながら通り過ぎ、柔らかいそこで手を止める。正確には揉むのだが。
「どうしていま、お尻を触るんですか」
どうしても。今の僕に必要不可欠な、そう呼吸に酸素が要るように、果てた僕にはこの柔らかさが必要なようだ。
分かってくれるかと唇を探ってみたら、体を反転させられてしまった。
「へんたいです、せんぱいは」
それは、どうも。後輩からの変態認定は、不思議と嫌な気がしない。言われたい言葉だったりするかもしれない。ん、なんだか変態みたいだ。
「褒めてません」
「星がきれいですね」
先ほど見ていた夜空を、高島かえでも見ているようだ。
今夜は月がまだ出ない。
おかげで小さな星がよく輝いて見える。
綺麗ではあるけれど、僕は月の明るさが好きだった。
「ロマンチックだったんですね、せんぱいは。わたしは、たとえ見えていなくても、そこで光っていることを知ってますから。その–––安心してくださいね」
照れたようにえへへと笑う。腕の中にあるこの子は、僕を知ってくれるという。
その言葉が、なにものにも換えられないことを知らないだろうに。僕は、ともすれば涙を流してしまいそうで、それが彼女に余計な心配をさせてしまうことは明白だから、強く、ただ強く抱きしめた。
「……。せんぱい、だいすきですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます