第5話 何も出来ないのと、何もしないのは違う

 人類と吸血種は、現在の日本では共存関係にある。

 だが、決して平等な関係ではない。

 吸血種は過去、一度だけ人類に反旗を翻した。

 そして、人類に敗北したのだ。


 言葉が出なかった。

 少女が嘘を言っているようには見えない。

「それ、本当なのか……?」

 だけど、聞き返さずにはいられなかった。


「はい」

 三澄は、へなへなとへたり込むように椅子に座る。

 対する少女は、満足げに口元を緩め、悲痛そうに目元が歪んでいた。


「……」

 両手で顔面を覆う。目の前が真っ暗になって、ぐちゃぐちゃに絡み合っていた思考が、ほんの少しだけ解けてくれた。


 両手を離す。


「なあ、もう少し聞いていいか?」

「……? はい、いいですけど」

「君は、何をしたんだ?」

「え?」

「君が吸血種だからと言って、何もしていない奴を追い回す程、この国は酷くないはずだ」


「ああ、そういうことですか」

 少女は薄く笑う。

「私はただ、生きていただけです。何も知らないまま、いえ、何も知らないふりをして、生きていただけです。自分が吸血鬼であることも、両親がずっと何をしてきたのかも、何もかも」


 両親が犯した罪で、少女自身も追われる身になった、ということだろうか。

 重要参考人として、もしくは、捕縛対象として。


「君の両親は、一体何をしたんだ」

「詳細はよく知りません。知りたくありませんでしたから。ただ、たくさんの吸血鬼で集まって、何か大きなことをやろうとしていたんだと思います」

「大きなことって?」


「例えば、戦争、とか」


「……っ」

 手に負えない。

 一介の高校生がどうこう出来る範疇を逸脱している。


 気付かず握っていた拳に力が入る。

 噛み締めた歯がぎしぎしと軋む。

――俺には、何も出来ない。


「……君は、これからどうするつもりなんだ」

 ぼそぼそと尋ねる。ちゃんと彼女に聞こえているかも怪しい。

「さあ? 逃げるにも限界がありますし、もう、捕まるしかないと思います」

 少女は軽く言ってのける。


「……なんだよそれ」

 無性に腹が立った。

「何って、現実的に考えて――」

「違う」

「え?」


「どうなるかなんて聞いてない。俺は君が――ああ、くっそ、君って言い方、なんか気取ってるみたいで気持ちわりぃな!」

 がりがりと頭を掻いて、言い直す。

「俺は、お前がどうしたいかって聞いてんだ。よく分からん未来の話なんかしてねえ」


「……」

 閉口する少女。急に乱暴な態度になった三澄に驚いているのか。

 三澄は待つ。むかむかと沸騰する感情を隠すことなく、少女を見据える。


「わ、私は――」

「ああ」

「――私だって、普通に生きたいです。でも無理なんだから仕方ないじゃないですか。私たち吸血鬼に、居場所なんかないんです」

 少女は俯きがちに、そう呟いた。ようやく、彼女の本心が聞けた。


――そりゃ、そうだよな。

 誰だって、普通に生きられるならそうしたいに決まっている。でも出来ないから、望まないようにしているだけなのだ。

 希望があることが、救いになるとは限らないから。


 少し、溜飲が下がる。先程、声を荒げたことが、なんとなく罪悪感。

「あー、その、吸血鬼って呼び方止めないか? あんまり推奨されてないのは、お前だって知ってるだろ?」

「別に呼び方なんてどうでもいいです。吸血種、なんて人間側の自己満足じゃないですか」

「まあそうなんだけどな……」

 痛い所を突かれた。だけど、他人に呼ばれるのと、自分で呼ぶのとでは違う気がする。

 説教なんて出来る立場ではないので、特にしつこくはしないけれども。


「少し、電話してもいいか?」

「……どうぞ。いちいち私に聞く必要はありませんよ」

 あまり興味なさそうに返してくる。

 もやもやとした気持ちを抱えながら、三澄は席を立ち、廊下へと出た。

 三澄に少女は救えない。なら、救える力を持った人を頼るしかないのだ。

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