第3話 泥棒スキル x 覗き見スキル

 あれ、この子、武器を持っていない。


 ふと、ぼくはアリスがなんの武器も携えてないことに気づいた。


 もしかしたら、武器さえ与えたら、なんとかなるかもしれない。


「アリス、ぼくは武器を取り寄せる能力があるんだ。なんでも用意する。きみのスキルはなに?。戦士?、魔導士?、それとも射手?」

「ごめんなさい。わたし、戦闘タイプのスキルじゃないの?」

「じゃあ、回復系、それとも防御系?」

「ど、どちらでも……」

「どちらでもぉぉぉ? じゃあ、なに、ユニークスキル系?」


「はい。『千里眼クレボイアンス』のスキル……」


「『千里眼』って、なにぃぃ?。それかなたまで見通せるってこと?。今一番いらないスキルじゃないのさぁぁ。だって怪物の姿、ゴンゴン見えてるンですよぉぉ」


「す、すみません…… わたし、役たたずって言われてて……」



 ぼくは自分をぶん殴りたかった——



 自分のスキルを仲間にバカにされて、あれほど死にたい気分になっていたのに、そのぼくがひとのスキルをあげつらってる。


 ゆるされるモンじゃない。


「アリス、ごめん。ぼくはひとのスキルのことなんて、言えるほどの人間じゃないのに。いや、どんなことがあっても、言っちゃあいけなかった。ホント、ごめん」


「でも、役たたずなのは本当なの。だって【アレ】が近づくの、わたし気づかなかったんですから…… だからわたしのパーティー、ふいうちを喰らって……」


 アリスはそれ以上ことばが続かなかった。

 ぼくに顔をみせないようにして、泣きはじめた。


 泣いてる場合じゃない——


 ぼくはそう言いたかったけど、それを飲みこんだ。

 泣いていようとなかろうと、あの怪物を倒すすべも、逃げ切れるすべもない。


 せめて笑って死のう——


 そんなキザなせりふが頭にうかんだ。もちろん口にする勇気なんて、ないっ!


 いや、ちょっと待て——


「アリス。きみは【アレ】が、突然現われたって言ってたね。千里眼の力でも気づかなかったって」

「しかたないんです。わたしの力はこの世界じゃなく、遠く『異世界』や『異次元』をのぞき見させるものなんです」


 うわー、使えねぇーーー


 さっきあれほど反省したのに、またそんなネガティブワードが心のなかでリフレインした。


 ——が、すぐにおかしな点に気づいた。



「異世界をのぞき見させる?」

「はい。見たことがない異世界を、まるでそこにいるように体感させる力です。わたしたちのパーティーは、これで軍資金を稼いでたんです」

「ヒルベルト団って、ずいぶん羽振りがイイって話だったけど……」


「ベクトール、あなたも知ってるはずです。ダンジョン攻略やゴブリン退治じゃあ、食べていけないって」


 あぁ、知ってる。

 だからぼくは重宝がられた。


 だけど王立軍という『アガリ』になれば、用済みになることは……


 —— さっき知った。


 パキッ。


 近くで枝が折れる音がした。


 とぉぉっても愛らしい『たぬうさぎ』が、ちょこなんと、穴のなかをのぞき見ていた。


 このバカ、たぬうさぎがぁぁぁぁぁ——


 グォォォォォォォォォォォォ——————


 【アレ】が一斉に咆哮をあげて、こちらに近づいてくる音が聞こえた。

 ぼくはあわてて、木の穴から這いでた。



 が、木のうしろに隠れていた【アレ】に見つかった。


 真ん中のあそこへびと目があう。


 見つかった——



 たぶん、死ぬ。

 きっと、死ぬ。


 せっかくこんなカワイイ子と出会えたのに、ぼくはなにもできず死んでいく。

 でもどうせ死ぬなら……



「アリス。ぼくにキミの『千里眼』を使ってくれないか」

「いま? だってあの怪物が……」

「もうどうしようもないだろ。だからいまだ。どうすればいい?」


 アリスはぼくに顔を近づけてくると、額と額をくっつけた。ぼくの鼻とアリスの鼻がくっつきそうになる。


 あー、こんな思いできたなら、もう死んでもいいかもしれない。


 うわついた妄想にかられた瞬間、頭のなかのなにかが吸いだされて、代わりになにかが一気に流れ込むような感覚にとらわれた。


 見たことのない世界——


 とんでもない高さの長方形の建物が、いくつも建っている風景が見えた。

 地面はきれいに整備されていて、真っ黒な道がずっとかなたまで続いている。

 だけどぼくは見えてくる風景には目もくれず、一心不乱に願った。

 

 ただただ願った。


 なにか武器をくれ、あの怪物と戦える武器をぉぉぉぉぉぉ!!!



 いつの間にか、ぼくは右手を天にむけていた。


 取り寄せアポーツ——


 天空にぽっかりと穴があく。そこにはどろどろとしたものが黒く渦巻いている。


 なかで閃光がまたたく——


 とたんに、その穴から、一斉になにかがふってきた。

 硬いものがぼくの背中に、次々と落ちてきてぶつかった。


 いててて……


 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ——


 おちてきたものは、地面にけたたましい音をたてて。ぼくのまわりに積もりはじめた。


 なんだこれ?

 手のひらにおさまるサイズの、L字型をした黒い物体。

 

 ひとつ、とりあげてみる。


 短剣よりも短いし、刃もついていないし、たいして重たくもない。


 とても武器になるものとは思えない。


 ゴツゴツしているが、手の中でいじっていると、てのひらにぴったり収まる位置ががることがわかった。

 指をひっかけるフックもある。


 きゃぁぁぁぁ——



 アリスが悲鳴をあげた。


 はっとして顔をあげる。

 すぐ目の前に【アレ】が迫っていた。


 ぼくは怖さのあまり、手を前につきだした。


 パーン。


 乾いた音がして、手の中の物体がふるえた。


 目の前にいたはずの怪物が、うしろにはね跳んでたおれた。

 ぼくはなにが起きたかわからなかった。たぶん【アレ】も我が身になにがおきたかわからなかったにちがいない。

 

 なんでそうなるのか、これがなんなのか、仕組みはどうなっているのか、

 そんなこたぁ、どうでもよかった。


 指のひっかかるフックを引けさえすれば——




 こいつは、武器になる!

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