第10話 嫁にいけないお名前

「ヘスティアでどうだろう」


 ようやく名付ける名前を呟いたイヴリースだが、この時点で名前の詠唱が3時間ほど過ぎていた。我が子である姫は当然眠っており、その子を抱き寄せたアゼリアもうとうとと微睡む。姫を見守り、寝かしつけた周囲の王族達もソファで休憩中だった。


「決まったの?」


 頷くイヴリースだが、後ろでカサンドラが指摘した。


「ヘスティアって、すべての求婚を断り未婚のまま過ごした女神じゃなかったかしら」


「「……」」


「「「ああ、なるほど」」」


 無言になった女性達と、納得する男性達に分かれる。イヴリースに決めていいと宣言したため、アゼリアは何も言えなかった。よりによって、嫁にいけない呪いのような名前を選ぶなんて。まあ、父親が魔王の時点で結婚できなそうだなと思っていたから……仕方ないわね。


「いいと思うわ。イヴリースが悩んで決めたんだもの」


「甘いわよ、アゼリア」


 ブリュンヒルデは変更を希望するが、アゼリアはにっこり笑った。この人が「嫁に出したくない」とごねたら、誰が求婚に来ても追い返されると思う。その時点で名前が何でも一緒よ。そう告げられ、周囲も納得した。


 響きは綺麗だし、略称は何にしようかと男性達は盛り上がる。


「ティアか」


「ヘティでも可愛い」


「ティア、可愛い」


 突然ひょこっと顔を見せたのは、離れに住むユーリアだった。ぴこんと耳を立てて姫を覗き込み、頬を優しく撫でて笑う。ユーリアが「ティア」と呼んだ声に反応して、ヘスティアが目を覚ました。見慣れた化け猫の姿に、きゃっきゃと声を上げる。


「ティアに決まってしまったようだ」


 苦笑いするアウグストに、ベルンハルトやノアールも肩を竦める。近づいたヴィルヘルミーナが「化け猫……」と呟いたあと抱きしめた。突然後ろから抱き着かれたユーリアが焦る。じたばた暴れる猫を抱きしめた兎は目を輝かせた。


「滅びたと聞いてたけど、やっぱり生息してたわ」


 化け猫は獣人と魔族の間に生まれたとされる最初の種族だ。珍しいが、それ以上に尊敬を集める一族だった。魔族のように簡単に魔法を扱い、獣人のしなやかな身体能力を併せ持つ。どちらの種族からも愛されてきたが、ある日突然姿を消してしまった。


「ヘスティアの専属護衛で、お姉ちゃんなのよ」


 くすくす笑うアゼリアに、ヴィルヘルミーナが「羨ましい」と耳を揺らした。お姉ちゃんという単語に得意げなユーリアへ、アウグストやカサンドラが反応した。


「養子縁組をしたのか?」


「まだなら、うちの子になりなさいよ」


 驚いてヴィルヘルミーナの腕から逃げ出したユーリアは、アゼリアのベッドの向こうに逃げ込む。その際に、さりげなくヘスティアを裏へ運ぶ姿はまさに「妹を守る姉」だった。


「驚かせちゃダメよ。お母様、もううちの子よ」


 ふふっと笑うアゼリアの顔を見て、危険はないと察したらしい。ユーリアもにこっと笑った。その愛らしい表情に「孫が増えた」とカサンドラが微笑み、アウグストも張り切る。数時間後には手合わせと称して、庭で遊び始める竜殺しの英雄と化け猫がいた。






 数年後。アウグストを負かす強さを手に入れたユーリアは、ゴエティアの一員に名を連ねた。ヘスティア姫専属の護衛として、やがて魔王軍のトップ3まで上り詰めるが、それは数十年後のお話。今はまだ幼いヘスティアに「おねぃちゃん」と呼ばれて微笑む少女に過ぎない。



   ***END***

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