第4話 出産を告げる猫

 朝からお腹が重く、ユーリアが着替えを手伝ってくれた。侍女に着せてもらったマタニティドレスに上着を羽織ろうとしたのだが、うまくいかない。お腹が張って苦しいし、全体に怠い気がした。じたばたと手が届かない上着を引っ張っていると、遊びに来たユーリアが直してくれる。


 裏側で袖の中に裾が巻き込まれていたそうだ。


「ありがとうね、ユーリア」


 このところ、すっかりユーリアは丸くなった。戦いの決着は出産後まで待つみたいだし、バールが稽古相手を務めるので運動量も足りている。子猫だったユーリアの体形は少し縦に長くなって、すっきりした。本人はまだ背が伸びると主張するが、ラミア族のアモンが仕入れた情報では、あまり身長が高い種族ではないという。本人のために、しばらく内緒にすることになった。


 肌寒い。久しぶりにアゼリアはそう感じた。ここ数日はずっと微熱があったので、継続する怠さとともに部屋に引き籠る。読書を始めるアゼリアの横で、ユーリアはお腹に手を置いて撫で始めた。そろそろ生まれることを本能的に察しているのだろう。


「赤ちゃん、出たいって」


 突然奇妙な発言をしたユーリアに、アゼリアは本にしおりを挟む。何の話か問おうとしたとき、下腹部に激しい痛みが走った。汗がどっと噴き出る。


「誰か、呼んで……」


「誰か来て!!」


 かすれる声で頼んだアゼリアに従い、ユーリアが大声を出す。魔王妃の部屋から聞こえた声に、扉を守るバール達が慌てた。侍女が駆け込み、窓際の長椅子に崩れるように横たわるアゼリアの様子に青ざめる。


「生まれます! 医者と陛下にご連絡を……あと、お湯の準備! いえ、その前に布! 大量の清潔な布を」


 自身が出産経験を持つ侍女が周囲に指示を出す。その間にバールからの連絡で、イヴリースが転移してきた。朝にアゼリアの顔色が良かったので、視察に出ていたのだ。長椅子でおろおろするユーリアの首根っこを掴んで放り投げ、愛しい番を抱き上げる。魔王の振る舞いに文句も言わず、ユーリアは一回転して着地した。


「生まれる、もう出て来る」


「早くない?!」


 ユーリアの断言に、侍女長が叫んだ。普通は陣痛が来てから生まれるまで半日から1日かかると言われる。だが魔族と獣人族と人間が混じった子供だ。何が起きてもおかしくない。事例がない特殊な状況なので、医者はゴエティアによって転移で運ばれた。


 ちなみに女性医師なのは、イヴリースのせいだ。男性医師が診察することを許さず、魔王城への出入りを禁止するなど大人げない態度をとったので、メフィストが探してきた名医だった。


「あらあら。もう出てきちゃうじゃない」


 女医も大急ぎで準備を始める。すでに侍女のおかげで湯と布が用意されたため、男性はすべて外に放り出された。残ろうとして蹴飛ばされた魔王を、ゴエティアとメフィストが押さえつけて廊下に引きずり出す。


「何をする、余の番が余の子を産むのだぞ!」


「それでも外でお待ちください」


 ぴしゃんと閉まった扉にべったりと耳を押し付け、様子を探ろうとするイヴリースの姿に魔王の威厳はなかった。メフィストは溜め息をつきながら、ダンダリオンを始めとする男性のゴエティアに書簡を持たせる。大急ぎで書き上げた手紙には一言――魔王妃アゼリア様、産気付く。その通知を実家のクリスタ国、国交があるルベウス国やベリル国へ届けるよう伝えた。


「まあ、立ち会いは出来ませんが」


 間に合わないでしょうね。そんなメフィストの予測は当たり、アゼリアは驚くべきスピード出産を果たすことになった。

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