第219話 お手並み拝見と参りましょう

 王妃の地位は、貴族令嬢の憧れだ。国王を好きかどうかは別として、トップの座に選ばれたいと思う経験は通過儀礼のようなものだった。


 もちろん、魔族でもそれは変わらない。魔王の番であれば、弱肉強食の頂点に立つ男に寵愛される。それは強い男の子を産むことを願う魔族女性にとって、最高の栄誉だった。


「人間の女ごときが何よっ」


「正確にはよ」


 甲高い声で吐き捨てた銀髪の侯爵令嬢へ、親友のエルフは肩を竦めた。魔族の中でも誇り高く美しいエルフは、人気がある。伯爵令嬢として生まれた緑の髪の美女は、眉を顰めた。


 手元にあるのは、魔王妃となるアゼリアから送られた招待状だ。お茶会を行うという。それも魔王城の庭で……あの庭を使えるのは魔王とゴエティアの悪魔達のみ。それなのに、人間と獣人のハーフが偉そうに庭を使用するお茶会ですって? 冗談じゃないわ。


 台無しにしてやろうじゃない。恥をかかせ、二度とこんな無礼な招待状を送れないように叩きのめしてやる。銀髪の侯爵令嬢アンネとエルフの伯爵令嬢シャリーヌは顔を見合わせ頷き合った。


 魔王イヴリースに惚れたシャリーヌ、王妃の座に憧れたアンネ。他にも不満を持ちそうな貴族令嬢と手を組むべく、彼女達は大急ぎで準備を始めた。




 お茶会は淑女の戦場である。アゼリアは少なくともそう教わったし、経験上も理解していた。人間も獣人も魔族も同じ。女の戦いは醜く、汚く、どこまでも卑怯であると覚悟の上で開催を決めた。


「別に貴族女性と交流する必要はありませんよ」


 メフィストが念のため、説明をする。人間の社会と違い、魔族はトップダウン方式が徹底されていた。魔王が右と言えば右、左を指差せば左。そこに異論を挟むなら、それなりの実力を示す必要があった。その意味で、魔王妃に求められるのは癒しだけ。


 魔王を慈しみ、癒し、愛する存在だ。同時に魔王に愛され、守られ、微笑み、受け入れる人であればいい。執務は宰相をはじめとし、優秀な人材が揃っていた。武官もゴエティアや魔王軍を含め、有り余る戦力が犇く。


「わかってるわ、お茶会だって義務じゃないもの。ただ、誰か1人くらい友人が欲しいのよ」


「私じゃダメ?」


 アモンが首を傾げる。現在拘束されているバールも、この場にいたなら立候補しただろう。


「ゴエティアじゃなくて、普通の貴族令嬢よ」


「ゴエティアは普通じゃないからねぇ」


 うーんと唸ったアモンだが、ぽんと手を叩いてメフィストに提案した。


「ねえ、誰かこっそり入り込めば……」


「そういう案は、アゼリア姫がいない場所で話すものですよ」


 つくづくアモンは策略に向かない。現場でまっしぐらに敵に突進するのが似合っていた。裏工作や謀略に縁がないラミアは肩を竦める。


「平気よ、私だって……元王太子妃ですもの」


 そう笑ったアゼリアの黒い笑みに、アモンは顔を引き攣らせる。隣で似たような笑みを浮かべて応えるメフィストは呟いた。


「お手並み拝見と参りましょう」

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