第217話 初恋に浮かれる半狐

 大量に用意させた手触りの良い布で、クッションカバーをすべて新調した。絹を用意したベリル国の王弟クリストフには、意味ありげな眼差しを向けられたが無視する。代わりに、魔物退治で得た魔石を大量に支払った。


 気を良くしたのか、サービスだと言ってもらったのだが……柔らかな手触りのぬいぐるみを抱きしめる。兎を模したぬいぐるみは、白くて愛らしかった。きっと彼女もお気に召すだろう。


 ベルンハルトは整えた部屋を見回し、大慌てで母カサンドラを訪ねる。自室で刺繍をしていたカサンドラは、苦笑いして手元の作業を中断した。


「部屋に用意させた家具はどこへ?」


「あれなら片付けさせました。ベルは先走りすぎよ。ミーナの意見を聞いて揃えなければね」


「……そう、でしたね」


 自分が良いと思っても、ヴィルヘルミーナが気に入らなければ意味がない。家具は使い心地だけでなく、見た目や色、材質に至るまで千差万別。先に彼女の好みを探るべきだった。


 商人のユルゲンは、獣国ルベウスの貴族とも取引があると聞いた。もしかして、ヴィルヘルミーナの実家も顧客かも知れない。何か情報をもっていないか。


「アンヌンツィアータ公爵家の好みを調べさせなくては……」


「ベル、ベル。そうじゃないわ。あの子はきっとお気に入りの家具を持ってくるから。運び込まれる家具を確認してからでも遅くないの」


「遅いですよ。それでは用意してないみたいじゃないですか。歓迎していないと思われたらどうするんです!?」


「……思わないわよ」


 己の息子ながら、ここまで恋愛に溺れるタイプだなんて。カサンドラは呆れ顔で呟く。私は恋に溺れるタイプじゃないから、アウグストに似たみたい。偶然夜会で見かけた程度で、求婚するために竜と戦うくらいだもの。性格も知らないのに、私への一目惚れで突っ走ったのよね。


 夫と比較しながら、目の前の息子にどう諭したものか。カサンドラは贅沢な悩みに眉を寄せる。それから刺繍道具をゆっくりと箱に収めて蓋を閉めた。


「落ち着いて。夫婦生活は2人で積み重ねるものなの。だから勝手に決めないで、ミーナの意見を聞いてあげて頂戴。好きな家具も、色も、食べ物や宝石だって……自分で尋ねたらいいわ」


 ベルンハルトは唸りながら、勧められた椅子に腰掛けた。母の言う通り彼女に尋ねたら、サプライズで用意することも出来ない。何より、プレゼントする前にバレてしまえば台無しのような気がした。それをそのまま伝えると、くすくす笑う母が指摘する。


「政ではないのよ。相手の先手を取る必要もないし、先回りして対策しないでいいわ。一緒に買いに行くのも楽しいし、わかっていて贈られる物でも胸は高鳴るはず。まずは話し合ってきなさい。留守はアウグストに任せて、ミーナとお茶会でもしていらっしゃい」


 恋愛でも結婚でも先輩である母の言葉に、ベルンハルトは溜め息をついた。直接顔を合わせると、気分が高揚して興奮状態になり、何を話したかきちんと思い出せない。だから困るのだ。だが彼女から直接聞かないと正確な情報は得られない。迷った末、カサンドラの助言に従うことにした。


 兄ベルンハルトは初めての恋に舞い上がり、妹アゼリアは甘えて試した挙句手綱を握った。見事に性格が分かれてるわね。笑うカサンドラだが、息子が出かけた後、大量のクッションとぬいぐるみに気付き頭を抱えた。


「あの子、絶対にミーナを少女だと思ってるわね」

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