第215話 体系維持も花嫁の仕事です

 出来上がった黒いドレスを試着し、アゼリアは少し窮屈になった胸元を指先で弄った。落ち込んだバールが休暇中のため、今はアモンが付き添い担当である。


「ここはもう少し緩めて、逆に腰を絞りましょうか」


 衣装を縫うお針子達が相談を始める。以前に体形が崩れたことを気にしたアゼリアだが、きっちり運動と鍛錬で元に戻した。ここ最近は動かなかったので、サフィロスに着くなりアモンやマルバス相手に鍛錬を始める。その結果が、引き締まった体のラインとして表れていた。


「まだ大きくなるの?」


 アモンが苦笑いする。これはバールでなくても羨ましくなるわ。もしかして、もう魔王陛下が育てていらしたり……想像しかけたアモンは、ぞくっと背筋を震わせて首を横に振った。恐ろしい。そんなこと考えたのがバレたら、メフィストに殺される。


 魔王妃は結婚まで純潔を守る。婚約者を守り抜くことが魔王の使命であり、大切な役目のひとつだった。うっかりしたことを口にしたら、首を跳ね飛ばされるだけじゃ済まない。ごくりと生唾を飲み、緊張した顔でアゼリアの衣装直しを見守った。


 婚約者で夫となる身であっても、女性の試着に魔王は同席できない。現在は隣の部屋でやきもきしながら書類を処理させられているはずだ。早くしてもらわないと、同性であるアモンすら嫉妬の対象になりかねなかった。


「アゼリア姫、一緒に装飾品の仕上がり具合を確認しませんか」


 出来るだけ早く確認を終えたい。アモンの提案で、ドレスと装飾品を同時に装着することになった。姿見の前で、ドレスの上に首飾りをつける。首飾りの一部がレースと干渉することが判明し、レースの幅を変更した。一度に確認したことで、耳飾りの長さの問題も判明する。


 ティアラ以外の装飾品を確認したため、お針子達は微調整を行ったドレスを回収した。これで後は当日までに仕上げてもらうのみ。ティアラは魔王が用意して当日まで花嫁に見せないのが慣習だった。


「ふぅ、あとは太らないようにするだけね」


「姫様、体形を変えないように努力なさってください。前日に最終確認を行いますが……お願いいたしますわ」


 結婚式が近づくと痩せて体形を変えたり、逆にストレスで太ったりと変化しやすい。そのたびに苦労して調整してきたお針子は、しっかり釘を刺した。太るのも困るが、痩せるとドレスのラインが変わってしまって大変なのだ。


 くれぐれも、と念を押してお針子達はドレスを手早くしまう。分かってると笑いながら、アゼリアがクリーム色のドレスに着替えた。手早く巻き毛の乱れを直し、ピンクの口紅を塗る。くるんと姿見の前で最終確認をすると、隣室へ続く扉をノックした。


「イヴリース、着替えたわ」


「終わったか!」


 扉に手をかけて待っていたのか、と疑うような早さで開かれた。予想していたアゼリアは驚く様子もなく、素直に抱き上げられている。そんなお姫様を見ながら、アモンは素直に尊敬した。あの主君がここまで惚れたのも凄いだが、手玉に取って操る彼女はもっと凄い。絶対に敵に回さないようにしよう。


「そなたの花嫁姿を早く見たい」


「あら、当日のお楽しみでしょう。それより私また太ったみたい、重いのではなくて?」


「羽のように軽くて心配なくらいだ」


 くるくると回転しながらも、器用に机や椅子を避けて執務机にたどり着いた魔王を見送り、アモンは一礼して扉を閉めた。仕事が滞ると顔を顰める上司メフィストの顔も見ないフリで、ほっと一息つく。


 もう帰ろう――アモンは婚約したばかりのマルバスの元へ、足取りも軽く駆け出した。

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