第212話 恋色に染まる魔王軍

「私達も結婚しちゃう?」


「……そこは俺に言わせてほしかった」


 マルバスは溜め息を吐く。いろいろ考えていたのに……魔王陛下と姫の結婚式の姿を見ながら、そっと耳元に囁こう、とか。今手配中のヴェールを渡しながら「俺のために纏ってほしい」と膝をついて告白する、とか。それはもう、未来に胸弾ませていた。


 断られたら、またチャレンジする。諦めの悪さはマルバスの長所だった。それが先に言われてしまうなんて……ん?


「アモンは俺を好きなのか?」


「嫌いならコンビなんて組まないわよ」


 けろっと言い返され、さらに爆弾発言が降ってくる。


「だって作戦の時、一緒に泊ったでしょ? あれってカップルだからじゃないの??」


「あ……あ、ああああああっ!!」


 叫んで頭を抱える。そうだ。ラミアは割と即物的な種族なのだ。女性ばかり生まれる特性もあり、性に対して明け透けで悪びれない。恥ずかしいと隠す感覚もなかった。だから素直に受け止めて良かったのだ。彼女が一緒にいてくれる=俺を好きだと判断すればよかったのに。


 仕事仲間でコンビを組んでいるから、同室でも気にしないんだろうと思った。自意識過剰な自分を隠そうとした無駄な時間が脳裏をよぎる。


「何よ、騒がしいわね」


 眉を寄せたアモンに抱き着く。咄嗟に抱き返した彼女は、蛇の強靭な腰で受け止め切った。後ろに倒れることなく背中を叩く。


「どうしたのよ」


「いや、愛してるなと思い知らされた」


「……照れるわね」


 真っ赤になったアモンの首筋に唇を押し当て、それから数十年の付き合いで初めて唇を重ねる。大好きで大切で、どんな言動も魅力的な女性を腕に抱きしめ、マルバスは甘いキスに酔った。アモンはマルバスの鋭い牙に舌を這わせる。


 名残惜し気に離れた唇の間に銀糸が残り、誘われるようにもう一度重ねた。


「結婚式はしたいわ」


「ルベウス産のヴェールは手配した、アモンが好きな山吹色だよ」


「あら素敵。指輪はどうする?」


「すぐに作らせる。いや、俺が作るよ」


 手先の器用なマルバスの言葉に、それもいいとアモンは微笑んだ。これから宰相メフィストの元へ出向いて、結婚の予定と休暇の申請をしなくては……。


「また……ですか」


 魔王陛下と姫君の結婚式は盛り上がり、経済効果を生む一方――ゴエティア内でも結婚式が流行っている。というのも、主君が結婚するまではと我慢していた者が一斉に動き出したせいだ。おかげで休暇申請が相次ぎ、魔王城の警備が手薄になりそうだった。


「順番から言って、1ヵ月後が最短です」


「それでいいけれど……代わりに日付を倍にして。有給全部使うから」


 勤務予定を記した表は、すでに休暇申請がずらりと並んでいる。その申請が途切れる辺りを指さし、アモンはにっこり笑った。


「……ラミアですからね」


 蛇の性質を強く受け継ぐ彼女達の繁殖は、ねっとりと濃く長い。休暇を後ろにずらしてもらったお礼に、2日ほど休みを追加して互いに利のある取引が成立した。


 半数に及ぶ大量の結婚予定を整理して図にしながら、メフィストは苦笑いする。魔王イヴリースの結婚は、この魔国サフィロスにとって良い方向へ転がっていた。

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