第210話 懸案が次々と

 どこの国でも種族関係なく起きる現象がある。それは王族や人気のある有名人が結婚すると、憧れた恋人達が一斉に結婚したがる……というもの。


 魔王イヴリースと結婚するのは、ルベウス国王の姪でクリスタ国王妹のアゼリア。獣人と人間の両方の血を引く稀有な存在であり、その魔力量は魔族の貴族並みだった。そのため強者を貴ぶ魔族は大歓迎で、当然ながら便乗して結婚式を計画する恋人達が急増する。


 その直後に、クリスタ国王ベルンハルトとルベウス国公爵令嬢ヴィルヘルミーナの婚礼も控え、どの種族も盛り上がっていた。貴族令嬢はこぞって情報を交換し合い、婚約者や両親にヴェールやドレスを強請る。結婚式に薄絹のヴェールを被るルベウス国の風習は、あっという間に人間のクリスタ国やベリル国に広まった。


 逆に人間側から伝わったのは、指輪の交換だ。この儀式は教会で行うため、宗教観念がない獣人や魔族は特に重視してこなかった。しかしアゼリアのために新たなサファイアが採掘された話から、一気に魔族の中で指輪の需要が高まる。


 メフィストは準備に必要な予算案に目を通し、一部に修正を入れてから署名した。衣装、宝飾品、靴、輿入れする部屋の家具、様々な予算は専門部署から上がってくる。そこに加え、他国の王族を招くため客間の用意、結婚式の席順を検討し、料理の手配を行った。


 目の回るような忙しさだが、これもようやく結婚する気になった主君のおかげだ。そう、彼のせいではない。結婚してくださいと言い続けたのは、メフィスト自身だった。


 魔王は世襲制ではないため、結婚しない魔王も過去に存在した。だが、魔王妃がいれば外交面を任せられる。彼女が難しい政治の話をする必要はないのだ。友好ムードを高めるだけで十分だった。


 魔国サフィロスは、獣国ルベウス以外と国交を結んでいなかった。人間の国の一部の貴族と友好関係を結び、貿易面などで協定を結んだことはある。しかし今回は違った。クリスタ国もベリル国も人間が住み治める国家なのだ。手を結ぶ価値は十分すぎるほどあった。


 貿易面はもちろん、今後の技術交換や職人の交流によって、種族間の垣根は壊されていくだろう。これは世界が大きくひとつに纏まるチャンスだった。支配する形ではなく、手を取り合う――魔族の中に反対意見も根強いが、幸いにしてイヴリースは若い。


 魔王として在位する長い年月で、反対派をねじ伏せることも可能だった。新しい誰も見たことがない協力体制の構築は、メフィストの新たな目標でもある。


「メフィスト、悪いんだけど……これもお願い」


 将軍職を預かるバールが青ざめた顔で、書類を持ち込んだ。結婚式での警備を任せる総責任者となっているため、急ぎの事案かも知れないと目を通す。が、署名せずに突き返した。


「無理です」


「そんなこと言わないで、お願い! 断ると監禁コースなのよ」


「……それも困ります」


 魔王陛下の結婚式の翌日から休暇申請を出す馬鹿に眉を顰めた。書類の文字はバールではなく、兄バラムだった。妹バールを溺愛し執着するバラムなら、監禁もあり得る。まだ二百年は将軍職で頑張ってもらう予定なのだ。


「日付を後ろへずらすよう、バラムと交渉してください」


 その旨を書き添えて、バールの手に書類を握らせる。恨みがましい目を向けながら帰るバールを見送り、メフィストは今後の対策を練り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る