第206話 子供返りですね

 魔国サフィロスから、獣国ルベルスヘ諜報員を貸す。ルベウスの罪人をクリスタ国へ逃した。サフィロスはベリル国の王弟オスカーを受け入れる。


 それぞれに繋がった状況を頭の中で確認し、アゼリアがこてりと首をかしげた。


「ねえ、シャンクスは一時追放されたのよね?」


「はい」


 控室に戻った王族達にお茶を用意するメフィストは、端的に答える。だがアゼリアの様子を興味深そうに見つめた。


「みるな、減る」


 ぼそっと文句をつける魔王イヴリースに、部下は苦笑いしてお茶を配り始めた。唇に指を当てて考えていたアゼリアは、にっこり笑った。


「なら、結婚式や披露宴には来れるのね」


「どうしてそう思いましたか?」


 試す教師のようなメフィストへ、アゼリアは笑いかけた。こんな簡単な問題、悩む必要もないわ。


「だって、サフィロスへの入国は禁止されてないもの」


 ゴエティアの悪魔達から一時除籍されただけ。軍の大将の地位は預かりとなるが、魔国の住人としての地位は保証されていた。


「よく気付いた」


 褒めるイヴリースの後ろで、ベルンハルトが溜め息を吐く。どうも最近、妹アゼリアの言動が幼い気がしていた。その原因に思い至ったのだ。


「魔王陛下のせいでしたか」


「あら、ベルったら気づくのが遅くてよ」


「アゼリアには苦労させてしまった」


 ぼやいた長男に、母と父は容赦なく指摘や嘆きの言葉を送る。きょとんとしたアゼリアは、順番に家族の顔を見つめた。


「私、何かおかしかったかしら」


 自覚はないらしい。カサンドラは近づいて、アゼリアの隣に座った。反対側で肩を抱くイヴリースの手を解かせ、母が座った左側へ向き直る。


 優しく温かい手が、赤毛をそっと撫でた。


「あなたはいつも無理をしていたわ。私の血を引いて、獣人の特徴を色濃く受け継いだせいね。ユーグレース国の王太子妃候補になってから、魔法の勉強が忙しかったわ」


 獣耳や尻尾を隠す魔法は、ルベウス国の貴族でも一部しかマスターしていない。体内を巡らせる魔力操作が得意な獣人にとって、尻尾や耳は外側に位置する付属品のような扱いだった。魔法で管理し、維持するのは大変なのだ。幼くして婚約者に指定されたアゼリアは、急いで覚える必要があった。


 ぬいぐるみ片手に魔法を覚え、体内の魔力操作も高める。他の人間の貴族令嬢に劣らぬ礼儀作法、勉強、語学、さまざまな常識も身につけなくてはならなかった。できて当たり前、出来なければ笑われる。


 人一倍気がつよく、負けず嫌いのアゼリアにとって、努力するのは日常になってしまった。甘えて自由に過ごせる幼少期を経過しなかったため、見た目は落ち着いて大人びた女性に見えただろう。


「アゼリアの内面は、幼い子供だ。そこが魅力的なのだが……今さら気付いても返さんぞ」


 威嚇するようにアゼリアを後ろから抱きしめるイヴリースが、首筋に唇を寄せる。だが直前で、アウグストが遮った。


「アゼリアはまだ、クリスタ国の王妹だ」


 未婚女性に人前でなんてことをする! いくら娘に絆されて婚約者として認めたとはいえ、それとこれは別問題だ。唸るアウグストに、魔王は仕方なく赤い巻毛の先にキスをした。

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