第205話 ひとまず閉幕でしょう

 このまま幕が引かれるかに思われた舞台だが、まだ演目は残っている。王妃ブリュンヒルデは玉座の脇に戻ると、ぱちんと扇を鳴らした。


「シャンクス」


「はい」


 魔族の諜報員として活躍してきたゴエティアの1人は、なぜか王妃の足元にひれ伏した。


「ふむ、こうきたか」


 イヴリースが苦笑いする。メフィストは特に驚いた素振りも見せず、魔王というより周囲に聞かせるための説明を始めた。


「ルベウス国の王妃殿下に対し無礼を働いた罪で、シャンクスを5年間、ゴエティアから追放とします」


 ゴエティアの仕事を離れる名目をつけ、ルベウスへ貸し出す。その意味を、正確に理解した貴族の一部は青ざめた。王妃の手先として、情報収集のプロが一時的に貸与される話だ。今回のゾンマーフェルト侯爵家の離反を含め、王家に不満を持つ貴族を一気に洗い出すつもりなのは、明白な状況だった。


「あら、可哀想に。では私のところで匿ってあげましょうね」


 にっこり笑う慈悲深いブリュンヒルデに、シャンクスは頭を下げた。これで貸与の形は整う。どこからもクレームの出ない話には、さらに続きがあった。


「ああ、そうそう。証人だった料理人を処罰しなくてはいけないわ」


 王妃はいま思い出したと言わんばかりの口調で、証人へ視線を向ける。侯爵への怒りで我を忘れていたが、本来は気の弱い男だった。耳を垂らして沙汰を待つ。


「それなら国外追放がよいでしょう」


 ベルンハルトがそう提案する。当然ながら、クリスタ国で彼を保護する計画は進んでいるため、カサンドラ達も異論はなかった。


「それがいいわ。国内に置いて利用されたり、口封じされたりしたら……可哀想だものね」


 元王女の言葉に、心当たりのある貴族が目を逸らした。王妃暗殺未遂を、ただひとつの貴族家だけで手配できるわけがない。彼の後ろで応援する振りで焚き付けた連中は、徐々に群れに隠れるように後ろへ下がった。


「ではこうしよう。ゾンマーフェルト侯爵は魔国で罰を受ける。料理人は我らがクリスタ国で預かろう。シャンクス殿は王妃殿下の手足となり、罪を償うようであるし……問題はあるまい」


 アウグストが簡単そうに結論をまとめると、国王ノアールが承認した。これで今回の件は一段落となる。竜殺しの英雄が辣腕を振るう国へ、すでに証言した料理人を殺しに行くのはリスクが高すぎた。自分達が関わっていた証拠になりかねないため、心当たりのある貴族も動けない。


「では会議を始めようか」


 そのために王族は集まったのだ。事件のためではない。付けいられる隙を見せない理由として、会議を提案したイヴリースに、王族達は頷いて引き上げた。


 ここで舞台の幕はようやく降ろされる。もちろん、これからの追求こそが本番だが、それを敵に教える必要はなかった。王妃に与えられた追及の猶予は5年、長いと思うか、短いと捉えるか。


 残された広間の貴族達は、噂話に花を咲かせる。その中に幾ばくかの真実と、虚偽を滲ませながら。

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