第191話 謝罪から始まる悪だくみ

 ベリル国は滅亡の危機に瀕していた。と表現すると大げさだろうか。だが、少なくとも王族の心境はそれに尽きた。


「利用し利用される。各国の王族や貴族の在り方として間違っていませんよ。ええ、間違ってはいませんでしたね」


 間違ってないが不愉快だ。後半部分を省いたメフィストは、満面の笑みだった。山羊の角とコウモリの羽を見せつけるようにして、テーブルに身を乗り出す。灰色の髪を後ろで結び、眼鏡をはずしていた。魔族に多い暗赤の瞳を強調しつつ、圧力をかける。


「……申し訳ありません。兄がご迷惑をおかけしました」


 潔く頭を下げたのは末弟のオスカーだった。仮にも他国の宰相に、国王本人が頭を下げるのは難しい。代理であるが、王族という肩書を持つオスカーが謝罪することで矛先を納めてもらうのが目的だった。


「悪いという認識はお持ちだったのですか」


 悪気なく行ったと言われたら、うっかり手が滑って国を滅ぼしたかもしれません。そう続けたメフィストの言葉は脅しではなく、実際に彼一人で王都を焼き払うくらいの実力があった。ゴエティアの悪魔達が持つ能力を見れば、それは推して知るべし。疑う余地はない。


「国王を引き継いですぐに生まれた子で、乳母に任せきりにしてしまった。王妃も外交があったため手がかけられず、気づいたらあの有様だったのだ」


 ベリル国王は、言い訳がましいと思いながらも事情を説明する。王弟クリストフも話を付け加えた。


「近隣の小国へ嫁がせる予定だったが、あの性格だ。格下の国は嫌だと騒いでしまい、見合いを台無しにしてしまった。近隣で彼女を国はもうない」


「その点に関しては同意と、多少の申し訳なさを感じますね」


 メフィストは溜め息を吐いて、乗り出した上半身を立てて姿勢を正す。


 近隣の国々が一斉に蜂起したため、めぼしい嫁ぎ先がなくなったのは不幸な出来事だった。大国の第一王女ならば通常は引く手数多あまたのはずが、他国の王族から「引き取れない」と断られる。この状況を招いた原因は王女自身だとしても。


 魔族や獣人達が手を結び、ユーグレース国からへーファーマイアー公爵家が独立しなければ……少なくとも押し付ける小国は残っていたのだから。魔国の宰相として憐憫の情は禁じ得ない。その対象は王女ではなく、国王を含む他の王族へ向けられた。


「どう処理なさるおつもりですか?」


「それが……もう修道院に入れようかと」


 言いかけて飲み込んだ部分に「我が侭を振りかざすので」という意味が滲む。クリスタ国のベルンハルト国王に嫁ぐと言い出したことは、さすがに口に出来なかった。だがメフィストはその濁し方で察してしまった。


 なぜなら、残る未婚のめぼしい王族は他にいないのだから。ルベウス国は王太子も結婚し子供を授かっている以上、王妃の交代はありえない。第二王子以下はアクアマリン王女が拒んだ。


 魔王は世襲制ではなく、家族を皆殺しにして即位するため王弟は存在しない。兄も先日死んだばかりである。イヴリースのアゼリアに対する溺愛ぶりを見れば、割り込む隙がないことは理解しただろう。ましてや手ひどく王女を振った、メフィストが宰相を務める国は対象外になる。


 残るのは同じ人間が治める国家であるクリスタだ。未婚の男性王族は国王ベルンハルトのみ。婚約したばかりならば、まだ間に合う。ねじ込んで欲しい。アクアマリンの自尊心を満たす相手は他にいなかった。


「ベルンハルト殿は我が主君の義弟になるお方です。迷惑をかける前に、処理させていただきましょうか」

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