第166話 王妃が盗まれた?

 誰もいなかった――その意味をゆっくり噛み砕いて、ベルンハルトは理解した。ほぼ同時にアゼリアやヴィルヘルミーナも顔を見合わせる。


 この塔の中に、生者も死者もいなかった。魔王の断言に、今度は違う疑惑が浮上する。王妃の遺体はどこへいったのか。


「王妃、様は……その」


 どう尋ねたらいいの? 言葉を探すヴィルヘルミーナに対し、アゼリアは平然と尋ねた。


「ご遺体がないなら、誰かが運び出してくれたのかしら」


 最大限好意的な受け止め方だが、かなり無理がある。魔法でどこかへ転送するなら可能だが、遺体を持ち帰る意味があるのか。元から火葬する予定だったなら、彼女が燃えてしまっても実害はない。ただ別れに立ち会えなかった王が嘆くくらいだ。


 塔を上から下まで眺めていたイヴリースが、階下の扉を指さした。


「あの扉を使ったようだ」


 燃えても他の窓や扉は閉まっている。不自然に開いた扉が風に揺れた。炭になりかけの板から、侵入者の痕跡を探すのは難しい。


「どうしましょう」


 流行り病なら、遺体を運び出したのは危険だ。感染の可能性もあるし、彼女の遺体をゾンビにされても困る。混乱するヴィルヘルミーナとベルンハルト、アゼリアをよそに、ノアールは茫然自失で座り込んでいた。


 愛する妻が亡くなり、その遺体の埋葬すらできない。状況が理解できなくて腰が抜けたまま、大地に両手をついて呆けていた。気の毒に思う執事も何も言えず、沈黙が重なる。


 混乱しても焦ってもアゼリアは可愛い。フィルター越しに婚約者を見ていたイヴリースだが、解決する気はあった。


「メフィスト、シャックス」


 側近とゴエティアの悪魔を呼び出す。魔力を込めた声に魔法陣が重なった。いとも簡単そうに扱う魔王だが、本来は複雑な計算や知識を必要とする作業だ。


「失礼いたします」


「お呼びに従い参上いたしました」


 メフィストは人を逸らさぬ穏やかそうな笑顔で現れ、鳥頭のシャックスは嘴で器用に言葉を吐いた。左右の腕が鳥の翼になっており、白い羽毛がひらひらと舞う。


 足を引いて挨拶する2人は、すぐに状況を把握した。獣国の王城敷地内であると判断した途端、メフィストが顔を顰める。


「我が君、ここは他国の……」


「話は後だ。ルベウスの王妃が消えた。盗まれた可能性もある」


「……それでシャックスですか」


 説教を飲み込んだメフィストは、斜め後ろに控える鳥人間状態のシャックスを振り返った。失せ物探しが得意というより、手癖が悪く盗みがうまい。情報操作や他国への潜入を得意とする魔族だった。


「遺体を探してこい」


「遺体のみ、でございますか?」


「関わったすべてだ」


 承知したと頭を下げ、シャックスは現場を確認するために塔へ向かう。黒く煤けた塔の扉を確認してから中に入り込んだ。しばらくすると上部の窓を開けて飛び出し、そのままどこかへ飛んでいく。


「犯人探しもできるのね」


 関わったものすべて、その表現を犯人も含めると受け止めた。アゼリアの声に、イヴリースは意味ありげに笑うだけで、答えを返さない。まだ証拠のない仮定の段階なのだから。

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