第161話 稀代の魔女は優雅に微笑む
初めての獣国への公式訪問だ。義勇兵を出してくれた叔父であるルベウス国王に挨拶に向かう。建前を整え、衣装を用意し、手土産も持った。カサンドラが上から下まで眺めて、溜め息をついた。
「ベルも耳か尻尾があれば良かったのだけれど」
「あったら大変でしたよ」
苦笑いしてしまう。ユーグレース国の公爵であった頃を思えば、跡取りに尻尾や獣耳があったら事件だっただろう。外へ出せなくなる。幸いにしてアゼリアは魔力量も多く、すぐに自分で隠せるようになったが、魔力が少ないベルンハルトにそれは難しい。
ましてやアゼリアはご令嬢として領地に引きこもる手が使えたが、跡取りのベルンハルトは幼い頃から出仕を義務付けられていた。学園にも通ったので、耳や尻尾は邪魔になる。
「そうね、お兄様には似合わないわ」
「そんなことないわよ、うちの弟のノアールだって狐耳があるもの」
母の反論に、年配の獣耳保持者がたくさんいることを認識した。叔父に会ったのは幼い頃だが、あの頃は国王も若かったので違和感はなかったけれど。
「叔父様も狐だったわね」
複雑な気持ちで溜め息を吐くアゼリアは葛藤していた。見てみたいような、でも見てはいけないような。義勇兵は肉食獣系の種族が多く、豹や虎のような細長い尻尾が多かったのであまり気にならない。
ふさふさの尻尾を揺らして玉座に座る年配男性……ダメだわ、気になる。
「アゼリア、我らも顔を出すのはどうだ?」
婚約者の百面相から考えを読んだイヴリースの提案に、アゼリアは目を輝かせた。そうよ、確かめたらいいんだわ。そんな彼女の思惑に水を差したのは、魔国の宰相閣下だった。
「陛下、まだ書類の処理が終わっておりません」
お分かりですね? そんな表情で釘を刺され、むっとしたイヴリースが吐き捨てた。
「わかっている」
微妙な表情の変化を読んだのは、アゼリアとメフィストのみ。ベルンハルトは突然の肌寒さに肩を抱き、アウグストが腰の剣に手をかけた。
「魔国の宰相ともあろう方が、まだ扱いに慣れておられませんのね。ほほほ、この方の場合は戻ってから仕事をさせた方が効率が良いのですよ。先に行かせて、条件をつけたらいかが?」
にっこり笑って深紅の唇で弧を描くカサンドラの顔は、魔女のようだ。悪魔を唆し、魔王を操らんとする稀代の魔女だった。そしてメフィストはそれに輪をかけて悪い顔を浮かべ、クリスタ国の現在の女主人に一礼した。
「奥方様の慧眼には感服いたしました。ではそのように」
許可が出たと手を叩くアゼリアに頷きながら、イヴリースは釈然としない思いで魔女と悪魔を振り返る。ほほほと優雅に笑うカサンドラの隣で、ドラゴン殺しの英雄アウグストは穏やかに微笑んでいた。
番の幸せがすべて――この点において、アウグストもイヴリースも、そしてベルンハルトも異論はない。男達の運命は、常に淑女の手のひらの上だった。
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