第124話 出陣したい男同士の和解

「先鋒は譲らんぞ」


「我が軍はすでに準備を整えた」


 アウグストとイヴリースの醜い言い争いに、母娘は顔を見合わせた。くるりと背を向けあい、それぞれの伴侶に言い聞かせる。


「あなた、いい加減になさい。若者に道を譲るべきですよ」


「イヴリースったら、お父様を興奮させないで。結婚式前に倒れたらどうするのよ」


 聞きようによっては、一方的にアウグストに被害が及んでいる。気の毒そうなベルンハルトだが、へーファーマイアー家の掟に「男は女に逆らうべからず」という一項がある。その掟に従い、賢明にもクリスタ国王は口を噤んだ。自分だけ被害を免れていた。


「若者? あれは俺より歳上だろう!!」


 魔族でいえば若い方だが、人間から見れば遥かに歳上だ。そう主張したアウグストに、カサンドラは重ねて言い聞かせる。


「歳上なら敬いなさい。それに彼は人間に換算したらベルンハルトと同じくらいよ」


 我が子ほど歳の離れた相手に、みっともないケンカはおやめなさい。愛する妻に反論を封じられ、ぎりりと歯を食いしばる。その姿に、イヴリースは未来の自分を見た気がした。たぶん、近い将来同じことが起きるはず……他人事とは思えなくなる。


「ならば、我が軍の先鋒にアウグスト殿が加われば良い」


 妥協案だ。イヴリースが妥協してるわ。感動の眼差しで見つめるアゼリアの尻尾が、ゆらゆらと左右に大きく揺れた。


「素敵、お父様も喜ぶわ」


 満面の笑みで褒めてくれる婚約者に、イヴリースの表情も和らぐ。互いに微笑んで見つめ合う姿に、アウグストは肩を落とした。


 頭では分かっているのだ。目の中に入れても痛くない可愛い愛娘は、もう魔王の妻になる決意をした。いつかは嫁いで親元を離れていくことも、お父様のお嫁さんになると言った言葉が過去の思い出になることも、覚悟している。それでも相手に意地悪をしたくなるくらい、大切に育てた娘だった。自分が邪魔した程度の障害で諦める男に、娘を預けたくなかっただけだ。


「わかった。俺が先頭に立つ」


 イヴリースの提案を素直に受け入れたアウグストに、竜殺しを成し遂げた頃の体力はない。しかし鍛え続け、熟練された技は当時を凌ぐ。


「オレも出陣するが、心配するな。有象無象を相手に遅れを取る魔王ではないぞ」


 もう若くない父親の心配をするアゼリアだが、それを口にするのは父の矜持を傷つける。飲み込んだ不安を拭うように、イヴリースが額にキスを落とした。アウグストの補佐に立つ気だが、はっきり宣言しないことで義父の体面を保つ。意外とこの2人は似た者同士かもしれない。


 カサンドラとアゼリアは顔を見合わせて、ふふっと笑みを漏らした。


 出陣を翌朝に控え、元公爵邸は魔族で溢れかえり……はしない。直接転移で戦場に飛ぶ魔王軍の総数は13名、少なく聞こえる数だが過剰戦力だった。ヒュドラを倒した際に集まった者を中心とした、一騎当千クラスの魔族ばかりだ。


「今夜はお酒を控えてね」


 娘に釘を刺され、アウグストは苦笑いして頷いた。残る人生を考えれば、これが最後の大きな戦になるだろう。多少なりとも見せ場を残してもらえればいいが。


 ヘルマン男爵やアルブレヒト辺境伯が、クリスタ国の守備を担当する。人間相手でも魔物相手でも守り抜く頼もしい男達を交え、アウグストの出陣前夜は盛り上がった。

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