第120話 可愛いと思う奇特な人はあなただけです
もし紅石を選ぶと、柘榴石のメフィストに近い。視覚的にメフィストと揃えたように見えたなら、嫉妬するイヴリースが何をするか。何より、紅石はルベウスの国石と定められている。
クリスタ国から嫁ぐ姫が、ルベウス国の象徴を身につけるわけにいかなかった。ルベウス王家の血を引いていても、クリスタ国の王妹なのだ。母の血筋に誇りはあれど、兄の作る国を代表する私がルビーを選ぶのは間違っていた。
琥珀は鉱石ではなく、樹液から作られる自然の化石だ。自然を愛する獣人のハーフならば、琥珀は似合いではないか。そう考えた。
膝の上に乗せられて、琥珀を選んだ理由を聞き出されるアゼリアは、淀みなく話し続けた。素直に頷いて聞くイヴリースは、話を締め括った婚約者の頬や額にキスを降らせ、最後に唇を重ねた。
「ん……ぅ、ん」
無防備な舌を絡めとり、彼女の唇に残る唾液をぺろりと舐める。顔を赤くするのは人間の知識が邪魔をしているのだろう。礼儀作法だのマナーだのと厳しいルールを作る人間だが、獣人ならば番の唇を舐めたり毛繕いをするのは当たり前だ。
両方の血が混じったゆえ、この稀有で美しい宝石のごとき姫が生まれたと思えば……諦めもつくが。もうすこし情熱的で、甘い時間を過ごしたかった。
「陛下、くれぐれも……くれぐれも結婚式まで手を出さないでくださいね」
清き仲を貫くなどと上品な言い回しをしたら、違う意味で貫かれそうだ。我慢が効かない主君と、主君の性欲を制御するのは側近の役目である。きっちり太い釘を刺す宰相を、しっしと手で追い払った。
「わかった」
約束した以上は問題ないと思うが……いまいち信用に欠ける。仕方なく魔法陣が描かれた本をアゼリアに献上した。
「ゴエティアの悪魔と呼ばれる、魔王軍の重鎮を召喚する魔法陣です。誰かに襲われたり……いえ、陛下も含まれますが……危険を感じたら手を置いて魔力を流してください。名を呼ぶと確実です」
使い方を説明されたアゼリアは、ぱらぱらと本の中に描かれた魔法陣を眺める。複雑な模様や文字を並べたそれらを解読することは出来ないが、記された名前は読めた。
「ありがとう。危なかったら使うわ」
隠れて舌打ちする魔王イヴリースの姿に、間に合ってよかったとメフィストは安堵の表情を浮かべた。それから時間を確認すると、衣装のデザイン画を手に一礼する。
「では戻ります。あ、陛下には後で書類をお届けしますから、処理して」
「代わりに押印しておけ」
面倒臭そうなイヴリースの声に、遮られた言葉をメフィスとは繰り返した。
「処理して送り返してください。アゼリア姫、よろしくお願いします」
「うふふ……仕方ないじゃない。イヴリース、私が手伝うから仕事しましょうね」
諦めた様子で頷く婚約者の黒髪を撫で、角がある辺りを念入りに探る。それから首をかしげた。
「角はどうしたの?」
第一形態と第二形態の中間まで解放したイヴリースだが、今までの癖でつい角や翼をしまってしまう。指摘されて首をかしげた。
「角が好きなのか?」
「ええ、イヴリースの角はカッコいいわ」
褒められた途端、すっと現れた現金な角を撫でながら、アゼリアは忍び笑う。こんな可愛い人が魔王だなんて――きっと魔国は平和な国なのね。
アゼリアの表情から考えを読み取るメフィストは転移しながら、上司に視線を向ける。あの人を可愛いと思うのは、姫くらいでしょうね。凶暴な獣を手懐けた自覚のないお姫様に見送られ、魔国の宰相は山と積まれた書類が待つ部屋に戻った。
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