第119話 あなた色に染まりたいの
絶対に間に合わないとメフィストが泣き落としに入るが、イヴリースは譲らない。最愛の番にすべての色を着せるのだと公言する魔王に、アゼリアはしなだれかかった。
咄嗟に受け止めたイヴリースの頬が緩む。怖い顔をして「出来ないなら職人の首を挿げ替えろ」と命じる魔王が、一瞬で溶けた。その手腕に感心するメフィストに目配せし、アゼリアは婚約者に提案した。
「私、黒を着てあなた色に染まりたいの」
黒髪も黒い瞳も、イヴリースは本当に黒が似合うわ。だから同じ色を纏いたい。
「だが……」
一生に一度の結婚式なのだと粘るイヴリースへ、アゼリアは次の手札を切った。するりと頬を手で撫で、大きな尻尾をイヴリースの足に絡める。ここ最近は屋敷の敷地内から出ていないので、狐の耳や尻尾は出しっぱなしだった。
「あのね。結婚式で全部披露するなんてもったいないわ。だって黒以外はイヴリースのためだけに着たいの。結婚式は黒、それから別の記念日に白や緑。もちろんエスコートする夜会では、違う色のドレスを贈ってくれるんでしょう?」
あなたの前でだけ白や緑を披露する。独占していいのよ。かなり捨て身の提案だが、切り札として存分に効果を発揮した。
職人の首を挿げ替えろと告げていたが、あれはクビにする意味ではなく物理的に首を落とせと命じていた。その辺を敏感に察したアゼリアの機転と捨て身の戦法で、彼らの首は繋がったのだ。
「もちろんだ。我が魂の半身よ。そなたが望むのなら、そうしよう。アゼリアの美しい姿を、有象無象にすべて見せる気はない」
自分だけのために着飾ってくれる。その表現は、イヴリースの独占欲をいたく満たした。刺激された欲に忠実な男は、愛しい姫の頬や額にキスを降らせる。くすくす笑いながら魔王の愛情を受け止めるアゼリアに、メフィストは驚いた。あの威圧は、直接向けられていなくても恐ろしいだろう。
本能的な恐怖を抑え込んだのか、感じないほど慣れたのか。どちらにしても豪胆な人だ。目配せして一礼する。感謝を示すメフィストが、相談事をもうひとつ口にした。
「婚礼の御衣装は黒でご用意します。姫の象徴石についてですが……」
ドレスが決まれば、自動的にお飾りのデザインも決まる。お飾りには、象徴石をふんだんに使うのが魔国の王族ルールだった。そのため、アゼリアを象徴する宝石も決めておかなくてはならない。
象徴石とは魔族の上位者が身につける宝石だった。誰かに褒美で与えたり、自分の眷族を示すために使用される。現在、魔国で象徴石を持つのは5名だけ。魔王イヴリースは
「
「かしこまりました。アゼリア姫の髪色と瞳の色ですね」
「どちらが好きだ?」
問われたアゼリアは少し考える。じっと見つめ返し、目の前の2人の象徴石を思い浮かべた。イヴリースは青、メフィストは暗赤……ならば選ぶ色は決まっている。
「琥珀がいいわ」
女性は髪飾りにも宝石を使うため、赤毛に同色は目立たない。折角宝石を使うのにもったいないし、ほかにも琥珀を選ぶ理由があった。
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