第112話 兎と狐のお見合い

 大丈夫よ、落ち着いて。見た目は人間でも、中身は獣人とのハーフだもの。いきなり失礼な態度を取られたりしない、はず。兎の耳が心配でぺたんと横に垂れた。気持ちを落ち着ける深呼吸を繰り返し、ヴィルヘルミーナは姿勢を正す。


 馬車の扉が開くのを待った。見つめる扉が軽くノックされ、外から開けられる。内側から開けて出るのは淑女の行いではないため、焦ったくても待つのだ。人間の貴族のマナーって面倒だわ。これが獣人同士なら、ヴィルヘルミーナが開けても問題はない。微笑みあってから、手を借りておりればいいのだから。


 開いた扉の先に立つ青年は、黄金色の髪と瞳の持ち主だった。輝くような金ではなく、艶消しのような優しい色だ。少し日に焼けた彼の手が差し伸べられた。


「クリスタ国へようこそ。兎の姫君、エスコートの栄誉を与えていただけますか?」


 垂れていた耳がピンと立った。この声、好き! 兎の獣人は音に敏感だ。そのため結婚相手に求める一番の条件は、その声だった。いつも近くで聞くことになる声が気に入らなければ、政略結婚であっても別居になることがある。こればかりは本能的な反応なので、当事者の意思で対応できない部分だった。


「こちらこそお願い致しますわ、陛下」


 迎えに出たのは、間違いなく国王となられたベルンハルト様だ。笑顔で手を預けたヴィルヘルミーナは、声が気に入ったこともあり耳を揺らしながら立ち上がった。


 ゆっくりとした足取りで馬車から姿を現した女性に、ベルンハルトは身惚れた。最初に目を引いたのは、銀と青の清流に似た涼しげな色合いだった。青紫の瞳と青みがかった銀髪に、白い兎耳が揺れる。小顔の彼女は18歳と聞いていたが、かなり幼く見えた。


 山吹色のドレスに隠れて見えないが、後ろには尻尾もあるのだろう。預けられた指先はレースの手袋に覆われていた。そこで我に返ったベルンハルトはひとつ大きく息を吐いて落ち着く。


 彼女はまだ見合いに来ただけ。ほぼ決まりとはいえ、お断りされる可能性があった。あまりじろじろ見たり、素肌に触れることは避けなければならない。


 獣人は匂いに敏感な種族が多いため、家族や婚約者以外と素肌を触れるのを嫌がる。他者の匂いがついた番を、浮気したと勘違いして噛んでしまう獣人もいるほどだ。見合い段階のヴィルヘルミーナが手袋をするのは当然だった。理解を示すために、穏やかに微笑んで降りる彼女をサポートする。歩くたびに揺れる耳が、魅力的だった。


 あの耳に触れてみたいと思う。白い毛皮は柔らかいだろうか。温かい耳に噛み付きたいと思う自分に、内心で苦笑いした。母から事前に講習を受けていなければ、自分がおかしくなったと慌てるところだ。ハーフで外見的特徴が出なかったベルンハルトだが、獣人の習性は受け継いだらしい。


「お兄様達、見つめあったまま動かないわ」


 心配そうに様子を伺うアゼリアの耳に、イヴリースが甘い声で囁いた。


「相性がいいのだろう。我らのように」


 目を見開いたアゼリアは振り返り、婚約者にしなだれかかって笑う。


「そうね」


 もう少ししたら、声をかけるべきかしら。アゼリア同様、後ろでカサンドラも気を揉んでいた。

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