第111話 種族を繋ぐ交差点
このままでは未来の姉の到着に間に合わなくなる。アゼリアにそう言われて、イヴリースは渋々手を離した。隣室でドレスを変え、尻尾を外に出せるよう加工する。
アイスブルーにグレーのレースをあしらったドレスに着替え、外に尻尾を出した。幾重に重ねた布の間から見せるため、尻尾を振っても肌が見える心配がない。獣人ならば馴染んだデザインだった。尻尾と耳を出して着飾った彼女に、専属の侍女は満足そうに微笑む。
「お綺麗ですわ、お嬢様」
「ありがとう……体型を戻したら、もう一度聞きたいわ」
くすくす笑ったアゼリアは、少し紅の色を濃くしてから客間に戻った。ベルンハルトはすでに中庭の端に立っている。若き王の後ろに騎士が5人、護衛というより飾りに近い存在だった。出迎えは彼が行い、エスコートしてこの客間に入る。段取りが決まったらしく、父に説明されたアゼリアは頷いた。
「お兄様、大丈夫かしら」
「礼儀作法は問題ないけれど、あの子、家族以外の獣人は初めてだから……」
女性達の懸念は、いきなり尻尾や耳に触らないか。一応注意はしておいたけれど、正式に婚約するまで家族以外の異性が触れるのは厳禁だった。
「愛しのアゼリア、こちらへ」
手招きして呼び寄せるのではなく、自ら歩み寄って腕を絡めるよう願うイヴリースに微笑んだ。するりと絡めて、胸を押しつけるように距離を詰める。嬉しいと口元を和らげるイヴリースの腕を取り、窓の外へ視線を向けた。隣でカサンドラをエスコートするアウグストが、真剣な目で中庭を睨む。
獣人に対するマナーは、貴族教育に含まれていない。ユーグレース国とルベウス国の間に正式な国交がなく、民間の商人やへーファーマイアー家が交易などで繋がっている状態だった。
新しく独立したクリスタ国は、現在、正式に国交を結んだ他国は存在しない。アゼリアが魔王へ嫁ぐことが決まり、サフィロス国との国交が近々公表される。それに合わせ、ルベウス国も国交を結ぼうとしていた。ベルンハルトに獣人の公爵令嬢が嫁して王妃となることで、徐々に3つの種族の交流を図ろうとしている。
すべての種族が集まる交差点のような存在になるクリスタ国は、今後の世界の勢力図を大きく変える存在となるだろう。その王妃にと選ばれた女性が、いま降り立とうとしていた。
魔法陣が現れ、複数の色の魔力が光となって溢れる。光のカーテンのように揺らめく幻想的な光景が広がり、アゼリアは目を見開いた。
「綺麗ね」
「複数の魔術師による転移だろう。我ら魔族のように単独で転移すれば、あの現象は起きない」
だから魔族にとっても珍しい光景だと付け加え、イヴリースは中庭から婚約者へと視線を戻した。きらきらと輝く魔力の帯に目を輝かせるアゼリアの様子に、少しばかり嫉妬する。自分以外のものに、そのような視線を向けないでくれ。我が侭な感情を制御できず、アゼリアの髪に口付けた。
「どうしたの?」
「たとえ草や石だろうと、そなたの目が我以外に見惚れたことが悔しい」
醜い嫉妬を口にして抱き締める男に、狐耳をぴくぴく揺らした美女は、赤くなった頬を胸元に押しつけた。
「イヴリースが一番よ」
甘い恋人達の幸せそうな場面を、父は歯軋りしながらも、妻に止められて邪魔できずに唸った。
「あっ!」
魔法陣の光が消え、大きな馬車が到着する。豪華な馬車の後ろには、荷物を持った侍従や侍女が並んでいた。優雅な足取りで馬車に近づくベルンハルトは少し離れた位置で止まるよう騎士達に合図する。
王家同士の威信と、今後の国交を賭けた初対面は目前に迫っていた。
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