第105話 あなたも同じことしたのよ
婚礼が5ヶ月後――それを聞いたへーファーマイアー家の反応は二つに分かれた。
ばんと机を叩いて叫んだのは父アウグストだ。
「早すぎる。5年、いや50年は渡せない!!」
それでは嫁き遅れではありませんか。呆れ顔の兄ベルンハルトが溜め息をつく。昔から妹に甘い父だが、ユーグレース王国の婚約破棄から拍車がかかった。
「落ち着いてください、父上」
「落ち着けるお前がおかしいのだ!!」
「なら、私もおかしいのかしら?」
ちくりと母カサンドラの嫌味が刺さる。途端に勢いを失ったアウグストが、立ち上がった椅子に腰掛けた。もごもごと口の中で文句を言うものの、面と向かって口に出来ない。
「お帰りなさい、アゼリア。まずは無事を確かめさせて」
「はい、お母様」
腰に巻きついたイヴリースの腕を外し、アゼリアは自分の足で母の元へ歩いた。魔王に託す直前まで、風前の灯だった娘の命が蘇ったことに涙が溢れる。苦しみ弱っていくアゼリアを前に、代わってあげたいと願った。
看病の間に目を離したら死んでしまいそうで、眠ることも席を外すことも恐かった。あの時間が嘘のようだ。そっと抱き締めた娘の身体は柔らかく、鍛えた筋肉が落ちてしまったのと笑う表情は穏やかだった。目に膜を張る涙を瞬きで流した母の頬に、アゼリアはそっと頬をすり寄せる。
「ご心配をおかけしました」
「子供を心配するのは母の権利よ」
義務じゃないわ。言い放ったカサンドラの声に、アゼリアは感謝を込めて頷いた。少し抱き合って離れ、互いの顔をじっくり見つめる。
「次は俺の番だ!」
「それは認められぬ」
興奮したアウグストの声を、勢いよくイヴリースが遮った。睨み合う2人を他所に、アゼリアは兄ベルンハルトの頬に口付ける。挨拶を交わし、事情を説明していく。隣で相槌を打ちながら話を聞く母の手を握ると、少し痩せた気がした。それだけ心配させたのだと申し訳なさに襲われるが、向かいで睨み合う父と婚約者に吹き出す。
「ちょっと、2人とも落ち着いて」
アゼリアが仲裁に入ると、慌ててイヴリースが歩み寄った。当たり前のように抱き抱え、膝の上へ横抱きにして座る。彼の黒髪を撫でながら、父に微笑みかけた。
「お父様、私幸せなのよ。こんなに愛してもらえるんだもの」
「……わかった、我慢する」
いろいろ不満だけど、我慢はできる。渋々そう約束したアウグストに、カサンドラが手招きした。甘えるようにカサンドラに抱きついたところで、耳元に囁かれる。
「あなたもこうやって、ルベウス国から私を娶ったんでしょう?」
辛辣な一言は、事実であるため……困ったように眉を寄せたアウグストは反論できなかった。父母のやり取りに苦笑し、ベルンハルトは窓の外へ目をやった。
クリスタ国の王として立つ以上、この国を豊かにして貴族や民を養わなくてはならない。信じてついてきた彼らを失望させないように。
「次はお兄様のお嫁さん探しね」
自分が決まった途端、お節介を口にした妹に肩を竦めて、ベルンハルトは深い金茶の瞳を隠すように目蓋を伏せた。
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