第76話 表裏一体の愛憎
あの男が憎かった。同じ親から生まれたのに、すべてを持っていた弟を殺したいと願う。反逆者アベルは、魔王イヴリースの実兄だった。
魔王という存在は孤高でなくてはならない。それは不文律として残された、魔族の共通認識だ。最強なのは当たり前、弱点となる身内を切り捨てる無情さ、迷いなく処断する判断力と残酷さを共存させた孤高の存在――だから諦めた。
先に生まれたアベルが持たない才能と桁違いの魔力、圧倒的な存在感が弟には備わっていた。よく似た顔なのに、何もかもが違う。血反吐を吐くほど努力しても届かない高みで、弟は退屈そうに魔族の頂点に立った。
望んで得た地位ではない。そう態度や言葉に滲ませながら、魔国サフィロスの最上位に就く。その傲慢さが大嫌いで、死ねば良いと呪い続けた。孤高の王を演出するためか、魔王は己の肉親をその手で滅ぼす。これは魔王就任前に行われる古い慣習で例外はない。
実の父母は殺され、姉は自ら自殺した。翼や角を折られ、それでも這って逃げたアベルを、彼は見逃した。生に執着するなら、好きにすると良い……生かされた惨めな存在として、アベルは魔王の残酷さを語る材料となる。己の生が罪だと罵られ、居場所などなかった。
弟が王として君臨する国サフィロスは、愛憎入り混じった複雑な感情を向ける対象となり、アベルの心は病んでいく。弟イヴリースから魔王の座を奪おうと思わないが、同じ苦しみや喪失感を味わわせたかった。
あの残酷で感情のない人形のような魔王が、誰かを特別にする機会を辛抱強く待つ。彼が執着した存在を殺したい。いや、あの男自身の手で壊させたかった。
大切にしたい存在を、自らの手で砕いた瞬間の嘆きを想像するだけで満たされる。こうして捕まり、魔王の懐刀と言われるメフィストに身体を壊されようと…この身は死ねなかった。
「仕掛けは終わった」
いつ殺されても構わない。出来るなら、イヴリースが赤い手を呪いながら嘆く姿を見たいが、無理なら高望みはしない。赤い炎のような女に執着し、愛を囁く弟イヴリースの姿を、ずっと待っていた。
アゼリアと呼ばれた女に恨みはないが、最初は犯して汚れた身体を突きつけてやろうと思った。なのに真っ直ぐな目で弟を呼ぶから、殺そうとした。正直、イヴリースが第五形態を見せるとは思わなかったが。
あの執着は予想以上だった。ならば、確実にあの魔王を壊せる。メフィストが切り落とした手足が再生し、また潰された。激痛に呻きながらも口元は緩んだ。すぐに悲鳴を上げさせられるが、激痛も屈辱ももう感じなかった。
仕掛けに使ったのは、売られた人間の奴隷だ。盛った雌のような女を当てがわれ、気づかずに手をつけた事後に罠は解ける。最愛の女に捨てられるがいい。嘆いて後悔し、己の存在が揺らぐまで……ああ、なんと待ち遠しいのか。
――さあ、壊れて堕ちてこい。
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