第69話 ヒュドラ討伐は消耗戦

 地面に落ちた蛇の頭を砕く作業を事務的にこなしながら、アモンが唸る。


「ったく、どれだけ頭が生えてくるのよ? アイツ」


 舌打ちした彼女の隣で、獅子姿のマルバスが風を使って蛇を落とす。切った横から生えてくる頭を、今度は爪で切り裂いた。


「ちょっと、どうせなら踏んで砕いておいて」


「……無理、ほらまた生えるぞ」


 うんざりし始めたゴエティアは、このコンビだけではなかった。しかし後ろには結界を維持する魔王イヴリースがいる。引くことも、無様な戦いも見せられなかった。このままでは消耗戦になる。しかしヒュドラの弱点であるはずの首が見つからなかった。


「キリがありません。私が出ますか」


 メフィストが第三形態をとる。その脇に舞い降りたフェニックスが、一瞬で人化した。バールは肩を竦めて、メフィストを見上げる。髪色と同じ灰色の毛皮を纏う巨大な狼は、1本の捻れた大きな角を揺らして咆哮を放つ。獣の本能を解放した宰相に、慌ててゴエティアが道を開けた。


 揺れる5本の尻尾が揺れ、ぶわっと全身の毛が逆立った。背に蝙蝠の翼を呼び出したメフィストに、バールは声をかけた。


「あれはいくらでも再生するわ。私といい勝負ね」


「先ほどから見ていましたが、弱点はあの頭ですよ。切られそうになると、他の首が防御に入りましたから」


 離れた場所で観察したメフィストの指示に、バールはにっこり微笑んだ。美しい女将軍はばさりと翼を羽ばたかせ、一気に第三形態をとる。炎の鳥が真っすぐに目指す首へ向かう姿に、ゴエティア達の連携は素早かった。


 急所を狙う彼女を援護すべく、近接戦闘が得意な者が集まって道を切り開く。遠距離からの魔法や攻撃で、他の頭の気を引くアモン達も攻勢を強めた。短くとも数十年はともに戦ってきた者ばかりだ。言葉や合図は不要だった。


 ぐあぁあああ! 鳴き声を上げたフェニックスが飛び立つ。一撃で狙いの首を落とし、燃やし尽くして離脱した。その足元で、核を失ったヒュドラが暴走し始める。


「思ったより元気ね」


 アモンが嫌そうに呟き、特大の氷を叩きつける。彼女自身はラミアで蛇の胴体を持つが、当人に言わせると「竜の子孫」なのだそうで、蛇と同列に扱われることを嫌った。氷を扱うのは魔力の属性変換による消耗が大きいが、アモンは蛇の弱点である氷を選ぶ。


 アモンの使う魔法は風か雷に特化していた。それを氷という別属性に変換するには、通常の魔力の数倍を使う。長期の戦いなら不利だが、短期決戦ならば相手の意表をついたり弱点を攻撃するのに向いていた。魔族特有の能力で、人間の魔術師が使えた話はない。


「相変わらず、すごいな」


 魔力変換にかけてマルバスはアモンに及ばない。そのため後方支援を頼み、近接戦闘が得意なマルバスが切り込むことが多かった。今回もその戦術だったが、最後が近いと見るや魔力を大量消費して弱点の氷を突き刺すアモンの判断は早い。


「ふん、だって邪魔なんだもの」


 そう告げた彼女は、少し唇が青ざめていた。魔力の使い過ぎで体力を消耗し、体温が下がったのだ。気づいたマルバスが腕についた小さな切り傷を手当てすると言いだし、アモンを下がらせた。彼と彼女が空けた穴に、呼び出されたダンダリオンが入るものの……勝敗はすでに決していた。

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